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語り継がれるスペシャリテ④川田智也氏(茶禅華) 「鰌」×SAKE HUNDRED「思凛」


トップシェフたちが作るスペシャリテ。完成するまでには、試行錯誤と努力の日々がある。匠と思いが具現化した一品。だからこそ、その傍らには、日本が世界に誇るラグジュアリーな日本酒「SAKE HUNDRED」がふさわしい。美酒とともにスペシャリテの裏側にある物語を開いてみよう。

川田 智也

1982年栃木県生まれ。「麻布長江」で10年、「日本料理龍吟」で5年の修業を経て、2017年2月に「茶禅華」料理長に。中国料理・日本料理の経験に裏打ちされた技術と知見から繰り出される料理とサービスにより「ミシュランガイド東京」では2020年、2021年連続で三ツ星を獲得。

【シェフに選ばれた1本】
「思凛」
精米歩合18%でクリアな味わいに仕上げた原酒を、ジャパニーズオーク(ミズナラ)の樽で貯蔵した1本。

シェフのコメント
濃厚でありながらも清らか。さらにミズナラ樽による自然のミネラルや香気成分が、お米の特徴を邪魔せず、むしろ後押しをしつつ、お酒の中で日本の豊かな文化を感じさせてくれます」。

“和魂漢才”への道

川田氏は自身が歩む道を“和魂漢才”という言葉で表す。平安時代中期に生まれた、実学の基礎を「漢学」に置きながら、日本独自の伝統や風土をもって、大陸の模倣ではない日本ならではの独特の世界観を築くという思想。茶禅華の料理は、日本の食材と中国料理の本質を重ね合わせることで「中国料理の神髄」に昇華させることを目指している。

中華の名店「麻布長江」での10年の修行の後、叩いた門は意外にも日本料理だった。「龍吟」の山本征治氏のもとでの5年間。その歩みは、“和魂漢才”を現代の料理、レストランに置き換え、自身の中国料理を極めるための道。

もう一つ、大切にしていること。それは“真味只是淡”。真の味は淡に宿る。真の味は「清らかで、ふくらみ、奥行きがあり、澄み切った味である」という概念だ。それは「素材の持ち味を活かしきる」ことで創られる。そのために大切にするべきは「食材の天性を知ること」。日本における中国料理において“和魂”は、「日本の食材の豊かさ、そして生産者の思いという天性」だと氏は言う。日本料理を学び、実践することは遠回りではなく、むしろ本道だったのだろう。

郷愁を極上の料理に

この原点と道のりと思凛が出会って、選ばれたのが鰌(どじょう)だ。思凛を味わって頭に浮かんだのは、自身の幼少期の風景。

「祖父の農家。田んぼがあって小川があって森があって。爽やかで懐かしい様子が思い浮かびました。鰌は、田んぼでの大変な労働のあとに、みんなで食べて元気をつけていたものでしたし、すっと浮かびましたね」

今回使われた鰌は、大分産。ミネラルの宝庫である温泉水で1年以上すくすくと育った「生命力の塊」。この鰌を15年物の紹興酒で酔わせ、眠らせることで芳醇さを醸し、思凛との不思議な共鳴をもたらす。日本の素材と文化と中華の匠、その和と漢がここでもつながっていくのだ。

カラッと揚がった鰌からふわっとした芳醇、そして噛みしめればじわりと静かに力強さへ。鰌のポテンシャルが引き出され、奥行き、深みが驚くべきものになっていく。熟成と複雑さを重ねていく中国料理の良さはあって、一方、日本料理、それを育む日本の文化や風土から生まれる清らかさを存分に感じながら、思凛を一口。

凛として立つ。静かに、力強く

思凛を味わって、川田氏は“真味只是淡”であり、“和魂漢才”と同じような世界を感じ取った。「濃厚でありながらも清らか。この両立は難しいはず」と。

相反するようなものが互いにその本質を発揮すればするほど新しい世界が開かれる。調和や中庸(ちゅうよう)という用語は妥協や融合を表す言葉ではない。「黒と白を混ぜてグレーにすることではない」(川田氏)のだ。中庸は、究極のバランスであり、なにかをわずかに足し、引くだけでも一気に崩れてしまう世界。平凡ということでは決してない。

川田氏の、中国料理の複雑さ、熟成感、パワフルさと、素材の持ち味を引き出す和の精神と技術とが極限に引き合うからこそ生まれる料理。そのものに本来の調和や中庸があり、思凛にも調和や中庸がある。米を磨くことで米の本質を極限に引き出す。その中庸。清らかさと濃厚さをともに感じさせる。その調和。緊張感があってこそ生まれる癒し。その2つが出会うことで、また新たな調和と中庸が生まれる。

「木の自然のミネラルや香気成分が、お米の特徴を邪魔せず、むしろ後押しをしています。トースト感が絶妙です。そこから昆布の出汁、木のお風呂…。お酒の中で日本の豊かな文化を感じられるようです」

ミディアムな焼き具合、わずかに数日間のみ使われるミズナラ樽。バランスを崩せば磨きとうま味のバランス、力強さと清らかさの世界は一気に崩壊する。しかし、このミズナラ樽があってこそ中庸も生まれる。

鰌という食材を選んだ理由として、郷愁のより深い部分でのインスピレーションもあったようだ。緊張感があってこそ生まれる癒し。清涼感と奥深さ…それはあのころの森そのもの。

「森は癒しでもありますし畏怖の対象でもあります。時には災害をもたらすこともありますし、獣がいるかもしれない。緊張感もあります」

だから森はいい。幼き頃、腹の底から笑い、無邪気に水遊びをしていたあの森と川は、本当の奥の奥がわからない神秘であり、得体のしれない恐れをまとった場所でもあった。だからこそ、魅力的であり本能に訴えかけてくる。川田氏が思凛から感じるのも、二律背反にして、それこそが生む新たな世界。

「思凛という名前がいい。凛として立つ。静けさと力強さを共に感じられる言葉です。そして、思という字は田に心と書きますよね」

「田に心」。川田氏はこの言葉を微笑み、慈しみながら言う。凛としたたたずまいと土地を愛する心。麗と素朴、涼と暖、さまざまな背中合わせの言葉が浮かぶ。

また一口。「はじめは穏やか。それが胃の中で香るような感覚で、力強さが広がっていきます」。そこからの余韻がまた穏やかで、そこに米の旨味が現れ、わずかな清涼感が漂い、また力強さへ。心地よく森に迷い込み、陰と陽、癒しと畏怖が静かに交錯していく。その世界から覚めることなく、居続けられるのも本当の中庸があるから。

川田氏の料理は、中国料理の複雑さ、熟成感、パワフルさに対して、素材の持ち味を引き出す和の精神と技術とが極限に引き合うからこそ生まれる中庸。思凛と川田氏の料理というふたつの真の中庸の出会いは、それぞれの極限を表現しながらも、だからこそ新たな世界を広げることができる。その一皿、その一杯で感じていただきたい。

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