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イタリアの“豊か”を伝える第二章 鎌倉「オルトレヴィーノ」

イタリアの“豊か”を伝える第二章 鎌倉「オルトレヴィーノ」

2010年3月、鎌倉・長谷にイタリアの惣菜とワインを販売し、イートインでも楽しめる店として始まった「オルトレヴィーノ」。12年が過ぎた2022年2月に改装し、新たな形態に生まれ変わった。なぜ変化したのか、そしてその変化の中でも変わらないものはなにか。古澤一記・千恵夫妻が思い描くイタリアの食と暮らしについて話を聞いた。

日常の中に食や暮らしを楽しむ豊かさを

江ノ電の由比ヶ浜駅からほど近く、片側一車線の県道は長谷から葉山を結ぶだけあって交通量は少なくないが、周囲に高い建物がほとんどないおかげでどこかのんびりとした空気が漂う。「オルトレヴィーノ」はその県道に面している。そしてほんの少し引っ込んでいて、店に入る前に数歩ぶんの石畳のアプローチがある。実はこの数歩が“イタリア”に続いている。ガラスの向こうに待っているのは、シンプルだけれど奥深いイタリアの食と暮らしの世界だ。

2000年に渡伊し、2010年に帰国した古澤夫妻は、10年間のイタリア暮らしで得た体験と温め続けてきた思いを故郷・鎌倉で形にした。それは、イタリアの日常を感じられるところ。シンプルで気負いがなく、そして豊かなイタリアの味を実感できる店だ。

地元の農家や千恵夫人の実家で育てたハーブが料理にアクセントをつける
地元の農家や千恵夫人の実家で育てたハーブが料理にアクセントをつける

「イタリアで暮らしている間、たまに日本に帰ってきた時に違和感を感じていました。日本で外食するとイタリアと遜色のない食事が楽しめるのに、内食は必ずしもそうではない。どこかちぐはぐな印象を抱いていました。イタリアの日常の食は凝ったものでも高価なものでもないのに、とても豊かなのです。だから、外で食事をする数時間だけでなく、普段の暮らしのなかの食や暮らしそのものを豊かに感じてもらえたら、という思いからスタートしました。その思いは今も変わっていません」。

パスタは全て手作り。中央に見えるのがその見本。
パスタは全て手作り。中央に見えるのがその見本。

オルトレヴィーノ、文字どおり訳せば“ワインを超えて”、つまりワインに始まって広がる世界すべて、と捉えたらいいだろうか。この店の中心にはワインがあり、エノテカ(酒販店)として機能している。そしてイタリアのお惣菜をテイクアウトやイートインで提供し、店でも家でも同じように料理とワインを楽しんでもらいたい、というのがスタート時のスタイルだった。一歩引っ込んだガラス張りの店構えは、一見すると何の店なのかわかりにくいので、入ってすぐのところにショーケースを置いてお惣菜を並べた。ワインが収められたセラーもショーケースの対面にある。食事はその奥のレストランスペースで提供。けして広くないが、千恵夫人によるイタリアのアンティークを使ったインテリアコーディネートがしっとりと落ち着いた雰囲気を醸し出し、どこかイタリアの田園にいるような気持ちにさせてくれる。

調理をする古澤氏を千恵夫人がアシスタント。古澤氏はソムリエでもある
調理をする古澤氏を千恵夫人がアシスタント。古澤氏はソムリエでもある

10年余りを経て、新しいスタイルへ

「ショーケースはオープンから8年ほど経った頃に外しました。店が認知され、お客様も自由に使いこなしてくれるようになったので、お役御免ということで。そして近年はコロナ禍で、テイクアウトを採用するレストランが増え、料理やワインを買って家で楽しむ、ということが一般的になりましたから、僕たちがこれまで担ってきた役割も一区切りついたかな、と。その次の段階として、コンセプトは変わりませんが、さらにもう一歩踏み込んでみようと、改装を決めたのです」。

千恵夫人が扱うイタリアのアンティークやヴィンテージアイテム
千恵夫人が扱うイタリアのアンティークやヴィンテージアイテム

店の前面に千恵夫人のアンティークショップ、その背後に2席、2席、4席のテーブルを配したレストランという構成にした。テイクアウトはひとまず停止し、レストランは完全予約制にした。スタッフは置かず、夫妻2人だけでできることだけをやる。

「オープンした当初はスタッフと一緒にできればと思っていましたが、時とともにそれは難しいことがわかってきました。僕の能力不足かもしれませんが、スタッフに僕たちの感覚や考えをお客様に伝えもらうことの難しさを実感したのです。次第に、コンパクトに2人で責任を持ってできる範囲でやっていくほうが性に合っていると思うようになりました。2人だけなので、普通のレストラン業務に加えてできることはわずかですが、なによりも店全体に思いを行き届かせることの方が大切なのです」。

古澤夫妻の作り出す“イタリア”を求めて通う人たちは、12年のうちに経験値が上がり、それに対して夫妻も自らを磨いていかねばならない。お客様とともに成長していく。それがオルトレヴィーノ第二章の扉を開けた第一の理由だ。

白アスパラと卵黄のメレンゲ包み
白アスパラと卵黄のメレンゲ包み

何気ない、しかし丁寧で上質な料理

コアはもちろん、イタリア料理である。料理自体はオープン時からほとんど変わっていないという。古澤氏は現地のクレアティーヴァのリストランテでも働き、そうした料理を作ることを楽しみ、そういう店に食べに行くことも好きだが、夫妻にとって一番しっくりくるのは、「なんということはないけれど丁寧で上質な料理」。イタリアにはどの町にも地元の人々の通うトラットリアがある。市井のさまざまな人、中には身なりもきちんとした、それなりのクラスに属すると思われる人も通うような店だ。

トスカーナ風ラグー パスタはパッパルデッレをセレクト
トスカーナ風ラグー パスタはパッパルデッレをセレクト

「そういう店は本当に料理のクオリティがしっかりしているのです。日本では、クオリティの高いものはいわゆるリストランテ的な店で提供されるもので、トラットリア料理はそれよりも一段下という風潮がまだあるように思いますが、イタリアでは単なるカテゴリーの違いにすぎません。イタリアで日常的に楽しまれている丁寧に作られた味を食べていただきたい。それが僕たちの変わらぬ想いです」。

パッケリのピスタチオのソース
パッケリのピスタチオのソース

オルトレヴィーノのメニューは基本的にアラカルトだ。その日の気分や好みで選べることに重きを置いている。コース料理はシェフの思考を受け止め、理解することを楽しむものだが、日常の暮らしの食の楽しみはいつもの料理を、季節や気候、自分の気分とともに微妙に変化することを感じながら味わう、しみじみとしたものである。

ペポーゾ 和牛のフィレンツェ風黒胡椒煮込み
ペポーゾ 和牛のフィレンツェ風黒胡椒煮込み

イタリア人のように、一生をかけて楽しむ

古澤氏は今年で50歳になる。20歳からこの道に入って以来30年、朝から仕込みを始めて週6日働くという生活を送ってきた。そろそろこのルーティンを切り替えようと考えているという。40代まではこれまでのような仕事の仕方が合っていたと思うが、今後、60代、70代くらいまで働くことを考えたときに、今までのやり方ではズレが出てくるだろう、と。

仔羊のロースト ヘーゼルナッツの衣
仔羊のロースト ヘーゼルナッツの衣

「イタリアに行く頻度を増やし、もっとイタリアを皆さんに伝えていきたいと思うようになりました。お店を縮小して、週休二日、場合によって三日のときもあるけれど、無理なく仕事を続けていく。その代わりに僕たちが外へ出て新しい空気を吸う時間を作りながら、それをも仕事に繋げていくことができれば、これからの年齢にマッチしていくだろうし、自分たちの幸せにもなると思っています」。

フィレンツェ最古のリストランテのレシピで作るりんごのケーキ
フィレンツェ最古のリストランテのレシピで作るりんごのケーキ
古澤一記

古澤一記 Furusawa Kazuki
製菓学校卒業後、洋菓子店を経てイタリア料理店へ。ドルチェ担当だったが、そのほかのイタリア料理にも触れて、デザートも含めた“食事”を提供する仕事に興味を覚えた。27歳の時にソムリエ資格取得、結婚してイタリアへ。フィレンツェの語学学校に通いながら、レストランの働き口を探すことから始めた。10年間の滞在中、フィレンツェの老舗「Buca Lapi」、ボローニャの「Amerigo」などで料理人として働き、フィレンツェの「Enoteca Pinchiorri」ではソムリエ、ワイナリー「Podere Poggio Scalette」では2年間ワイン造りに携わった。2010年帰国、2月に「オルトレヴィーノ」をオープン。

オルトレヴィーノ

オルトレヴィーノ
神奈川県鎌倉市長谷2-5-40
0467-33-4872
12:00〜21:30(L.O.18:00)
水・木休
http://oltrevino.com

text: Manami Ikeda  photo: Masakatsu Ikeda

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