アジアの食を愛する筆者にとって、欠かせない料理のひとつが「海南(ハイナン)チキンライス」。
主に東南アジアで食べられている茹でた鶏をのせたごはん料理です。この10年ほどで海外旅行がより身近になり、東南アジアの名物料理として日本でも知名度が上がりました。海南チキンライスの専門店が登場したり、炊飯器で炊くだけで完成する加工調味料の素が発売されたりと、食べたことのある人も多いでしょう。
しかし、よくよく海南チキンライスを探ってみると、東南アジアの国々によってそのテイストが少々違っているようです。そこで、国内外200店以上の海南チキンライスを食べ歩きしている筆者が、日本でも多くのレストランで提供されているシンガポールとタイの海南チキンライスからその魅力に迫っていきます。まずは、前編です。
そもそも、海南チキンライスとは、中国・海南省から東南アジア各国へと移民した人々が、その土地で広めたとされる料理です。茹で鶏、ごはん、タレと、至ってシンプルな組み合わせですが、それぞれが見事に調和され更なるおいしさが生まれます。
シンガポールでは、ホーカーズと呼ばれる屋台スタイルの集合施設があり、何店舗もの海南チキンライス専門店が出店しています。また、ファミリー向けの専門店も多数あって、外食文化であるシンガポール人の胃袋を掴んでいます。
タイでも、屋台で食べる海南チキンライスは大人気。専門店の店頭には出来上がった丸鶏が吊り下げられていて、その場でどんどん捌かれていきます。ただ、国からの屋台規制によって街に馴染んだ屋台文化の光景が消えつつあり、屋台から店舗に移転する店もあります。
海南チキンライスは、日本の炊き込みご飯のような味付けされたごはんが特徴です。最初に丸鶏を茹でから、その茹で汁で米を炊くので手間がかかります。この手間によって鶏肉のコラーゲンやエキスが米粒に浸透して、艶やかで豊潤な香りが口いっぱいに広がります。
さらに炊く際には香りのハーブであるパンダンリーフやショウガ、ニンニクなどを加えるので、「ごはんだけでもおいしい」といえるほどにうま味のあるごはんになります。シンガポールもタイも調理工程はさほど変わりませんが、タイの方が鶏の脂身をしっかり加える分、オイリーな仕上がりになっています。
海南チキンライスの醍醐味は丸鶏あればこそです。丸鶏のメリットはうま味を閉じ込めて火入れできるので、骨付近のうま味が強い部分も食べることができます。さらに様々な部位を提供できることも専門店ならでは。現地の人たちはおいしさを知っている分、好んで骨付きを食べる傾向にありますが、骨付きを食べ慣れない日本人にもそのおいしさを知ってほしいところです。
実は、丸鶏を茹でるのは厄介。というのも、部位によって火入れ時間に差があるからです。ムネは火が通りやすく、モモは時間がかかります。そこを均一に火通しするのが低温調理です。弱火でゆっくり加熱することで、全体的にしっとりと柔らかな肉質に仕上がります。
シンガポールとタイの海南チキンライスの最大の違いはソースです。自家製ソースの店が多いので、それぞれに個性が出ます。いくつもの食材の味が何層にも広がって、口の中はパラダイスです!
シンガポールの海南チキンライスの基本となるのは3種類のソース。唐辛子の効いたチリソース。生姜や葱の入ったジンジャーソース。さらにコクのあるダークソイソースと呼ばれる中国黒醤油をたっぷりとかけて食べます。
特にダークソイソースは、日本のたまり醤油のようなトロミのある醤油なので、ごはんによく絡みます。すべてを混ぜて食べることで、複雑な味わいが一気にまとまり、不思議とさっぱりとした後味に驚くかもしれません。
一方、タイの海南チキンライスはタオチオソースをかけて食べます。濃い目の味なので、シンガポールの海南チキンライスで使用するソースの量と比べても、少量でインパクトのある味になります。油分の多いごはんにも負けないタオチオソースは最強です。
さらに、タイの特徴が鶏の血を固めた血豆腐(ルアットガイ)です。日本人にはドキッとしてしまう代物ですが、これがあることで「新鮮な鶏を使用している」という店の証にもなります。味は、生レバーをよりさっぱりさせた感じです。
おっと、最後に大切なことを忘れていました。それは海南チキンライスの最適温度が「常温」だということです。「あれ?冷めてる?」と戸惑わないでください。この温度によって鶏肉のしっとり感が保たれ、ごはんが口の中でホロリとほぐれて最高のハーモニーになるのですから。
いかがでしょう。この3つのポイントを押さえておけば、シンガポール版とタイ版の違いや共通のおいしさの秘訣がお分かりになるでしょう。
後編では、さらに日本で食べられる海南チキンライスのおいしさの魅力に迫っていきます。
伊能すみ子
アジアンフードディレクター/1級フードアナリスト
民放気象番組ディレクターを経て、食の世界へ。アジアンエスニック料理を軸に、食品のトレンドや飲食店に関するテレビ、ラジオなどの出演及びアジア各国料理の執筆、講演、レシピ制作などを行う。年に数回、アジア諸国を巡り、屋台料理から最新トレンドまで、現地体験をウェブサイトにて多数掲載。アジアごはん好き仲間とごはん比較探Qユニット「アジアごはんズ」を結成し、シンガポール料理を担当。日本エスニック協会アンバサダーとしても活動する。著書『マカオ行ったらこれ食べよう!』(誠文堂新光社)。