日本で最初の板前割烹、「浜作」。昭和2年に森川 栄さんが祇園で創業し、今は3代目の森川裕之さんが暖簾を守ります。この連載は、そんな浜作に「タベアルキスト」マッキー牧元さんが食事に訪れ、思索を巡らせた記録。至ってシンプル、それでいて心も技も尽くされ、かつ日本料理の芯を外さない浜作の料理の真髄を、月に一度伝えます。今回は8月の献立です。
カレイの薄造りをいただいた。

薄造りといっても世間一般の薄造りとは違う。薄造りと刺身の間にある厚さに切られていた。だからこそ甘みを存分に受け止められるのである。
これ以上薄いと噛み込む感がなく、味も出づらい。これ以上厚いと噛みづらい。この厚さだからこそ、甘みを、海が生み出した豊穣を、存分に受け止められるのである。
精妙が味を生む。ミリ単位の厚さが生み出した美味に酔った。

先付
帆立貝柱焼ほぐし
菊菜 菊花 椎茸 酢橘おろし和へ
河井寛次郎造 花粽皿
ただ焼いているだけなのに、なぜもこんなに艶っぽいのか。その艶っぽさを菊菜とおろしが引き締め、食欲をくすぐる。

口取
胡麻豆腐 鱧そうめん
柚子 つくねとろろ 旨出汁 生姜
時代ギヤマン蓋向付
地がしんみりめで、胡麻豆腐はいつもよりほのかにねっとりとして、真夏の外気に火照った口腔を和らげる。胡麻の香り高い。そのひんやりに疼いていると胡麻の香りが鼻に抜ける。
鱧そうめんととろろは唇を喜ばせ、口に含めば、質の高いつくねとろろが優しいが力強い甘みを舌に広げる。

椀盛
鱧松相性椀(鱧、早松、酢橘環)
輪島・高野松山造 国宝蒔絵菊椀
4回目の牡丹鱧椀である。今までの中では最も唇に残るコラーゲン感が強い。そのたくましさに合わせたのだろう、今回のお椀は前回より若干塩分を濃くあわせてあった。480gだという鱧の力強さに圧倒され、ただただ唸る。
早松茸だというのに、お椀に入れた瞬間から客席まで香りが漂い、目を細める。食べればなんとも艶かしく、脂がのった鱧の生命力と松茸の生命力が味を高めあい、やや濃い目のつゆが共鳴して脳幹を揺さぶる。

造り
かれひ薄造り(淡路沼島産)、花穂、山葵、加減酢橘醤油
富本憲吉造 色絵皿
本文参照

皿
翡翠銀杏 丸十レモン煮 子持昆布フライ
永楽正全造 絵替手塩
揚げた子持ち昆布に練りうにを合わせてある。コリッ。噛めば小さな音が響き、歯を喜ばせる。
新銀杏の伸びやかな甘みが広がり、レモンの苦味は微塵もなく、ただただ丸十の品のある甘みに舌をゆだねる。吹寄せのときは皿も柄ちがい。

名物
鱧切をとし 二杯酢 山葵
永楽妙全獅子牡丹 六角皿
鱧を骨切りした後、一分強ほど尻尾の方で出汁をとったスープで茹で、そこに氷を数回に分けて入れ、次第に冷ましていく。最後は赤いガラスの器に氷水を入れ、鱧を冷やす。
出された鱧は、まったく皮に歯が当たらず、ふうわりと抱きしめられる。慎重に噛んでいくと、11回ほどで甘みとうまみがぐんと膨らみ口を満たす。その豊かさに陶然となっていると、やがて鱧は別れを告げ、喉へ落ちていく。消え去っても甘美な余韻はいつまでも居座っていた。


旬鉢
無花果胡麻掛け
久世久宝造 赤絵福字小鉢
先月より大きいイチジクであったが、身が締まり水っぽさは微塵も無い。ゆえにごまだれと見事に抱き合い、一体化する。これぞ日本食が生んだ「美」であろう。


合肴
鱚鳴門巻 毛蟹 みつば レモン
永楽即全造 交趾中皿
キスの淡いうまみの中から蟹の豊かな甘みが滲み出る。その切なさに心がくすぐられる。

焚合
鰻柳川仕立 三度豆 小芋
叶松谷造 笹絵六角蓋向付
これは知ったる柳川ではない。薄味だが、口に入ると鰻の生命力がぐんぐん伸びていく。小芋はほとんど味をつけていないというが、これ以上でも以下でもない微妙な味付けが小芋の甘さと愛おしさを高める。

焼物
魳片褄汐焼き、車海老鮎うるかやき
河井寛次郎造 呉須角皿
「これが京風です」。そう言われて出された焼物はカマスだった。塩を強めにして焼いたカマスに蓼酢が添えられる。
塩を蓼酢で切って口に入れると甘みが際立つ不思議があった。カマスはふんわりと崩れ、その優しい甘みをたおやかに長く余韻として残す。余韻が長い。こうるかを卵の黄身で伸ばして付け焼く珍味。


涼肴
あわび水貝
鮑 独活 胡瓜 肝友酢しょうが
ギヤマン輪花向付
大きな鮑に縦に包丁目を細かく入れ、横に切る。「外側が硬いので包丁目を細かく入れます」。
数回水洗いをし、「磯の香りを京都は嫌います。味や香りの切れを夏は大事にします」と言って氷で〆た。10回回して逆回しに10回ほど回して引き上げる。
肝は生姜と柑橘をたっぷり合わせた。ひんやりとした鮑の内側から歯を入れると、柔らかい色気を伴った甘みが滲み出て目を細めた。

飯しのぎ
枝豆白蒸し、焼き穴子、紫蘇、しば漬
叶松谷造 富貴長命赤絵茶碗
穴子、枝豆、紫蘇、柴漬けの取り合わせがよく、それぞれの量が的確で丸い味を生み出している。

留
名物そうめん、錦糸、冬姑、みつば
根来合鹿椀 切子釣鐘鉢
名物というだけに念が入っている。ゆがいた素麺に5回氷を入れ、4回冷やし、最後に赤いガラスの器に入れて10回手で回して完成。世界一細い錦糸卵を添えて食べる。「水貝もこの素麺も、クーラーがない頃の料理です」。

水菓子
桃 マスカット
photo, text マッキー牧元
