実は「饗屋」の前に、寿司でも天ぷらでもない日本料理の受け皿を作ったトレンドが、ニューヨークに生まれていた。
居酒屋である。
多くの日本人駐在員や学生たちを相手にした小規模店だったが、2000年代前半に「メグ MEGU」「祭 MATSURI」「えん EN JapaneseBrasserie」という、席数100を優に超えるハイエンドの大型IZAKAYAが3店立て続けにオープンした。
なかでも「えん」は、カリスマ主婦マーサ・スチュアートのお気に入りで、自身のTV番組でいち早く紹介。これに、新しい流れに敏感なファッション界のセレブたちも反応した。「D&G」のドルチェとガッパーナやアレキサンダー・ワンも常連。パリに拠点を置く「シャネル」のカール・ラガーフェルドも、春と夏のNYファッション週間で訪れるたびに、いつもスタッフと大挙してやってくる。
福岡出身の2代目料理長、安陪弘樹の料理の発想は、そんな世界文化にインスパイアされて飛翔する。
雲丹、穴子、鮎に太刀魚にカマス。日本の魚介を多用しても、様々なソースや付けだれ、漬けだれで世界仕様にする。
今でこそ、日本でも小洒落たフュージョン料理の店が増えたが、アメリカの料理はそもそもがすべて移民によるフュージョンから始まった。なかにはコンフュージョン(混乱)も多々あるが、「融合」文化の年季は、日本と格が違う。それはすでにフュージョンとすら意識されない。それこそがむしろ淘汰の果ての自然だ。
「えん」は来春、ロサンゼルスにも進出する。かの地は「日本」といえばまだ寿司と天ぷら。十数年前にニューヨークで起きた地殻変動が、西海岸でもまもなく起きる。
枝豆と出汁の豆乳ビシソワーズに柚子のかき氷と海髪(おごのり)を浮かべた今夏の新作
福岡出身。強豪の高校レスリング部の海外遠征で食の面白さに目覚めた変わり種。福岡の料亭で6年修業した後にNYに渡り、09年から「えん」料理長。現在41歳。
席数180、天井まで高さ8m近いこの空間はNYならでは。ウエストビレッジのこの大空間が毎夜、ファッショナブルなニューヨーカーたちの食事の会話で満ちる。毎月最終火曜の夜にはカウンター8席の2回制で特別会席「あべの台所」料理($160)を開催。
EN Japanese Brasserie
えん
435 Hudson st, NY, NY
☎+1 212-647-9196
● 12:00~14:30、17:30~22:30
土は11:00~14:30、17:30~23:30
日は11:00~14:30、17:30~22:30
●無休
●予算 アラカルト 酒を含め $70~
あべの台所コース $160
http://enjb.com/
本記事は雑誌料理王国279号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は279号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。