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【世界が求める日本料理・ニューヨーク編】素材のハンデを逆手にとって極めた熟成鮨。「宇宙」


日本ならではの食材や、伝統的な調理法が新しく美しい

ニューヨーク(以下、NY)の本格的な日本料理店は、1970年代半ばの江戸前「竹寿司 TAKEZUSHI」と関西割烹「竹生 CHIKUBU」のオープンで始まった。ところが第2期は、それから20年後、日系の輸入業者がやっと築地とつながった95年以降まで待たねばならなかった。

当時のマンハッタンでは、バブル期を経た大量の日本人駐在員を目当てに、居酒屋やしゃぶしゃぶ店から東京の大手寿司チェーン支店までもが活況を呈していた。次のステージは2007年、本格的な会席割烹「饗屋 KYO YA」の出現で幕を開ける。 

スシ、テンプラではないカイセキやオマカセという耳慣れない言葉が流通し、世界で最もおいしい国外日本料理が花咲く第3期が、いま佳境を迎えている。

#agedfish
#sushi
熟成鮨


素材のハンデを逆手にとって極めた熟成鮨で、銀座の鮨を超える。

NYの寿司の歴史は古い。タネがやたらと大きい街場の寿司屋や、野菜やスパイスの組み合わせで驚きの美味創作寿司が席巻した時代もあった。

1980年に20代で「竹寿司」に入った市村栄司は、江戸前だけを追究してきた。 マンハッタンには世界の要人が訪れる。晩年の松下幸之助も市村の客だった。

しかしある日、「やはり魚がねえ」と呟く彼の一言を耳にした。築地直送の魚も用意していたが、江戸前は江戸の地の利があってこそ。そこで市村は、「地の不利」を逆手に取り始めた。最近流行りの「熟成」鮨を、流行はるか以前から独自に試行してきたのだ。そして自身の店「いち村ICHIMURA」を経て、この地のフレンチの巨匠デヴィッド・ブーレイの和食店に請われて参加。その後、「いち村@ブラッシュストロークBRUSHSTROKE」では、「ミシュランガイド」(以下、ミシュラン)の二ツ星も獲得。今年からはロウワー・イーストの「宇宙 UCHU」で握る。

いまや市村の操る熟成の長さは半端ではない。鮪、平目は言うまでもなく、鰆や縞鰺は長い時で3週間寝かせる。平政(ひらまさ)や真魚鰹(まながつお)も同様に熟成させると、恐ろしいほど美味になる。「しかし、どれも30%以上をそぎ落とすので、ひどい歩留まり。えらく原価がかかる」と破顔する。

熟成鮨の真髄。銀座の鮨を食べた常連客に「物足りなかった」と言わしめるこの旨味を、松下幸之助にも食べてもらいたかったと思う。

26ページの寿司は、熟成「赤むつ」。もちろん小肌や赤身漬けといった伝統の江戸前も織り混ぜる

ロウワーイーストサイドに今夏開店した会席と鮨の小空間。市村が担当の10席の鮨バーの他に、8席の会席バーは和の色濃いフレンチでミシュラン三ツ星を維持する「ブルックリンフェア・シェフズテーブル」のスーシェフだったサミュエル・クロンツが担当。

市村 栄司さん

26歳でNYに渡り伝説の江戸前店「竹寿司」で握る。以後、松下幸之助、松坂大輔、松井秀喜ら日本人の常連客を相手に熟成鮨の醍醐味を独自に完成させる。現在63歳。

UCHU
宇宙

217 Eldridge St NY, NY
☎+1 212-203-7634
●18:00~24:00(金・土は~25:00)
●日・月休
●予算 鮨・会席ともお任せコース $200~
http://uchu.nyc/

#bonitoflakes
#ikejime
鰹節に活け締め、本物の日本

輸送技術や規制緩和の影響で
日本と変わらない日本料理をニューヨーカーに提供できる。

つい5年ほど前までは「NYで和食をやっている」と話すと、どんな〝トンデモ店”かという目で「そりゃ大変だねえ」と言われた、と「饗屋」料理長、園力(そのちから)は笑う。

饗屋は、開店翌年の08年からミシュランの星を維持。世界の美食の最先端の街NYの魅力も相まって、いまでは逆に、日本のミシュラン店から若手料理人らが、わざわざこの店に和食修業にやって来る。園が30年前に渡米した当時は、大根だって太くて水気の少ない韓国大根しかなかった。今では「スズキ・ファーム」という農園が東海岸一帯の高級店に、日本の野菜や山菜を提供する。魚介だって北海道の生ホッケから下関の虎河豚まで、ほとんどが鮮度を犠牲にせずに手に入る。活け締めを習ったアメリカ人の漁師もいる。上質の地元の魚もある。

鰹節は脱水のための「カビ」がネックで丸のままは輸入できないが、日本政府の交渉によって、真空パックの削り節ならOKとなった。園は愛媛の鰹節問屋から、直火炙りの特注配合の削り節を送ってもらっている。肝心のNYの水は、おそらく東京の水より軟らかくて美味しい。

顧客の7割を占める知的なNYの「フーディー Foodie (食通)」たちは、常に本物を求める。開店以来10年、饗屋は彼らに京都や東京よりはるかに近い「日本」を伝えてきた。最近ではグルメ旅行して日本から帰ってきた常連たちが「カナザワでこんなものを食べたが、作れないか?」などと言ってくる。それは自分の次の料理のヒントにもなる。それでもニューヨーク、何かと難しい点があるのでは? 笑顔で即答されたのは「英語です」。

「目で食す」お造りもこの美しさ。NYではさらにこの食材の魚や野菜一つひとつを丁寧に英語で説明する。

園 力さん

24歳まで札幌で自動車工。その退職金でNYを訪れ、帰国費用捻出のために和食店で働くうちに定住。95年から「なだ万 白梅」NY店で戸塚文明料理長に師事して頭角を表す。現在55歳。

東京や京都にあっても人気を博すだろう本格的会席割烹店。2007年開店のこの店が先導役となり、マンハッタンでは精進会席の「嘉日」、会席「ブラッシュストローク」など「スシ」以外の高級店の開店が相次いだ。結果、いまでは日本の有名店のNY進出計画が複数進行中だ。

KYO YA
饗屋

94 E 7th St, NY, NY
☎+1 212-982-4140
●18:00~23:30(日は~22:30)
●月休
●予算 アラカルト 酒を含め$100~
会席コース $160

text by

Yuji Kitamaru

元・中日新聞(東京新聞)ニューヨーク支局長。TBSラジオなどのニュースコメンテイターや、英米文学評論、ブロードウェイの日本上演台本翻訳なども手がける。在NY23年。

北丸雄二=取材、文、撮影

本記事は雑誌料理王国279号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は279号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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