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「自由水」を減らして繁殖を防ぐ!菌を繁殖させない抗菌方法


「食物の傷みを防ぐ」という意味で「抗菌」をとらえるなら、「菌を繁殖させない」ことも立派な抗菌といえます。では、どうすれば菌の繁殖を防ぐことができるのでしょうか。そのカギを握るのが、食物のなかに存在し、その成分と結合せずに移動することができる水「自由水」です「。菌を育てる」のもその「自由水」です。抗菌と自由水の関係とは……。調理学のスペシャリストであるお茶の水女子大学名誉教授の畑江敬子さんに、お話をうかがいました。

「傷みやすさ」のカギを握る自由水という存在

食品に含まれる自由水とは何か?

 人間の体の約60%が水分であるように、肉や魚、野菜などにもたっぷりの水分が含まれている。しかし、その水分は、人体などに悪影響を及ぼす細菌にとっても〝命の水〞。この水のおかげで細菌は繁殖し、食物を腐敗させるのだ。

「昔の人は、その水を抜いて日持ちをよくする方法を発見しました。食料が乏しく冷蔵庫もない時代に、常温で長期保存したいという切実な思いが、『食物の水分調整』を誕生させたのです」と畑江敬子さんは説明する。

 そもそも食品に含まれる水には、たんぱく質や糖質と強く結合して離れない「結合水」と、自由に動くことができる「自由水」の2つがある。注目したいのは、「自由水」。細菌が自身の生存のために利用できるのは、自由水のほうだからだ。

 食品に占める自由水の割合を示した指標を「水分活性(Aw)」というが、Aw1.00がもっとも自由水の多い状態で、数値が小さくなるほど自由水は少なくなる。つまり、 の数値が小さくなるほど、抗菌力は高まるというわけだ。
 乾燥させる以外にも、塩漬けや砂糖漬けにすると保存性が高まるが、それは食品に塩や砂糖を加えると、塩や砂糖が自由水と結びついて結合水となり、自由水が少なくなるからだ。ちなみに、Awが0.07以下になると、細菌や酵母、カビなどの微生物はほとんど繁殖できない。
「干物や乾物、漬け物、佃煮などは、人為的に自由水を減らし、水分活性を低下させて保存性を高めているのです」と畑江さん。

参考資料:ミツカン水の文化センター 機関誌『水の文化』52号

自由水を減らして菌の繁殖を防ぐ

自由水を均一に減らす先人の知恵

 ひと口に「自由水を減らす」といっても、その方法はさまざまだ。単純に乾燥させて自由水そのものを減らす方法もあれば、塩や砂糖を自由水と結びつけて結合水にし、結果的に自由水を減らす方法もある。
 先人たちは、自由水の減らし方にも工夫や知恵を施してきた。例えば、干物は日中に広げて干し、表面が乾いたら夜は重ねて寝かす。干物のなかの水分は、均一になろうとして乾いたほうへ移動するため、干物を重ねることによって、内部に残っている水分が表面に移動するというわけだ。次の日、再び広げて干して表面から乾かす。
「昔の人たちは、こうやって表面だけが乾燥しすぎないように工夫してきたのです」

乾燥+塩蔵+発酵の合わせ技で保存性を高める

 また、古くから人々は、たくわんをつくる際も日間ほど大根を天日干しし、ある程度水分を抜いてから塩をまぶしてぬか漬けにしていた。つまり、乾燥+塩蔵+発酵の合わせ技で保存性を高めていたのである。こうやってつくったたくわんのなかには、常温で約7年も保存できるものもあったといわれている。
 
ほかにも、後述するように、乾燥させるだけでなく、いぶすことで食物の表面に膜をつくって細菌の侵入を防いだり、凍らせてから乾燥させることで、食物本来の風味や栄養価をできるだけ落とさないようにしたり……。先人たちは、食べ物を無駄にせず、おいしくいただくために知恵を絞ってきたのだ。

常温保存から冷蔵保存へ変化する塩分濃度


 しかし、技術の進歩や健康志向のなかで変化してきたものもある。例えば塩漬け。かつては常温での保存が基本だったため、梅干しなどは塩分濃度20%で漬けていた。この濃度なら雑菌は繁殖せず、常温でも長期間保存することができる。ところが現在は、塩分の摂り過ぎが体によくないことから、塩分10%以下の減塩梅干しが多くなってきた。こうなってくると、常温で長期間保存することは難しい。結果、これら減塩梅干しには、「要冷蔵」という注意書きがつけられるようになった。

自由水を減らす方法と代表的な食品

干す
(例)干し魚、干し柿、干しシイタケ、昆布、干し肉、干し貝柱、ドライベジタブル、ドライフルーツなど
特徴
そのまま干す 「素干し 」と塩に漬けてから干す「塩干し 」に大別される。素干しの代表格は昆布やわかめ、塩干しの代表格はアジやイワシなどが挙げられる。

塩を使う
(例) 梅干し、漬け物、塩辛、新巻鮭など
特徴
「水分を抜く 」という塩の性質を利用したもの。食材の水分はもちろん、付着する細菌の水分も奪うので、保存期間が長くなる。

煙でいぶす
(例) かつおぶし、魚の燻製、肉の燻製、ビーフジャーキーなど
特徴
乾燥させて水分を抜くだけでなく、煙でいぶすことで表面に膜ができ、細菌の侵入を防ぐこともできる。いぶすことで独特の香りも生まれる。

凍らせて乾燥させる
(例) 高野豆腐、凍みコンニャク、凍みダイコンなど
特徴
寒い時期に、薄く切った豆腐やコンニャクを屋外で干すと、夜の間に食品中の
水分が凍って表面に付着する。それが昼に溶けてしたたり落ちたり蒸発したりする。これを繰り返すことで乾燥させる。

砂糖を使う
(例) ジャム、マーマレード、ゆべし、梅の砂糖漬け、ミカンの皮の砂糖漬けなど
特徴
糖度の高い砂糖には、塩と同じように微生物から水分を奪う性質がある。ちなみに、食品中の砂糖の濃度が60 ~ 65%あると微生物の水分は奪われる。

参考資料:ミツカン水の文化センター 機関誌『水の文化』52号

自由水を減らすとうま味は増す

酵素の働きでうま味成分が生成される

「乾燥させた肉や魚、野菜などが興味深いのは、味が濃縮されるだけでなく、加工段階でうま味が増し、よりおいしく生まれ変わることです」と畑江さんは言う。これは、酵素の働きで元の状態にはなかったうま味成分が生成されるため。
「この酵素反応は、細胞が破壊されることで起こります。干物は干す間に水分が抜け、細胞がダメージを受けることで酵素が働き、うま味成分であるイノシン酸が増えるのです」

 さらに、シイタケにいたっては、乾燥させることで生のときにはなかったグアニル酸が、100グラム中150ミリグラムも生成されているのだ。
「ただ、面白いことにこのグアニル酸は、乾燥したままではうま味を発揮しません。水で戻したり、煮たりしている間に酵素が働くことで、うま味を発揮するようになるのです」

 しかも、下の表でも分かるように、シイタケのグルタミン酸は、乾燥によって、15倍強にまで増加。トマトもグルタミン酸の量が、乾燥させることで4倍以上にまで増えている。
 また、生ハムのグルタミン酸量も、塩蔵、乾燥、熟成が進むにつれて、グングン増加。乾燥時でも、100グラム中のグルタミン酸量は、未熟のときのおよそ150倍。熟成後ともなると、300倍を優に超えているのだ。

資料提供:NPO法人うま味インフォメーションセンター
資料提供:NPO法人うま味インフォメーションセンター

水分が多い食品のほうが味を強く感じやすい


 ここでちょっと味覚と水の関係を考察してみよう。じつは、食品に含まれる水分量の差は、味覚にも影響しているのだ。
「例えば、練りようかんと水ようかん。砂糖の割合は練りようかんが約60%で、水ようかんは30%以下です。でも、どちらも甘味がちょうど良いと感じます。味覚は、舌にある味蕾という器官に、水や唾液に溶けて味を感じさせる呈味物質がぶつかることで感じるものです。ですから、水分が多く、流動性が高いもののほうが味蕾にフィットするので、水ようかんは糖分が30%以下でも甘いと感じるのです」と畑江さんは説明する。
 乾燥させることによって増す食物のうま味。食品中の水分量によって変わる味覚。水分と味わいの関係は、なかなか奥が深い。

お茶の水女子大学 名誉教授 畑江敬子さん
お茶の水女子大学家政学部卒業。同大学大学院家政学研究科修士課程修了。理学博士。専門は調理学。お茶の水女子大学家政学部教授、和洋女子大学家政学部教授などを経て、2012年4月から2016年1月まで昭和学院短期大学学長。 2006年から2012年まで内閣府食品安全委員会の委員を務めた。著書に『さしみの科学 -おいしさのひみつ-』(成山堂書店)などがある。


山内章子=取材、文

本記事は雑誌料理王国第285号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第285号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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