ロンドン初、南米チリのファイン・キュイジーヌとして名乗りをあげた「マレイダ」の真髄とは? シェフからインテリア素材、基本調味料すべてを本国産でまかなう本格モダン・チリ料理がロンドンでできること。
南米にはある種のロマンが漂う。世界最古のミイラや謎の古代遺跡、見渡す限りの砂漠や複雑な海岸線がコンテンポラリーな都市群と出会い、強い日差しの中で幻想的に融け合う。世界一細長い国として知られる西海岸のチリも、他の南米の都市と同じく豊かな建築遺産を誇る国だ。例えばこんなストーリーもある。
首都サンディアゴの北西にある砂丘エリアには、建築を詩的に表現した40棟を超えるシュールな建造物が点在している。1960〜70年にかけて、建築家や詩人、アーティストや大学が協働し、科学とポエムを融合させることでチリの豊かな風土を讃えようという壮大な試みに取り組んだのである。発起人チームは、チリ南端のパタゴニア地方から北上し、チリ全土を旅して『アメレイダ』という名の詩的な旅行記を出版、その価値を知らしめた。
『アメレイダ』が讃えたチリの豊かな風土を食に置き換え、その詩的精神をヴィジョンに据えたチリ料理レストラン「Mareida マレイダ」が、ロンドン中心部に今6月に誕生して話題を呼んでいる。多民族キュイジーヌを誇るロンドンでも、「チリのファイン・キュイジーヌ」というコンセプトは、ほぼ初めての試みだからだ。
先日この価値あるレストランを訪れ、真価を目の当たりにしてきた。





海洋国でもあるチリの料理は、生魚の扱いも信頼できる。今回いただいたハマチのハラミのクルードは、完璧な白身に美しいザクロと梅干しの桃色ソースが添えられ、ラディッシュの千切り、紫蘇の付け合わせというまさに日本的ハーモニーの一品。この一皿で筆者はニコさんの技術力の高さをかみしめることになった。お隣ペルーと同じく、チリにもニッケイ料理の影響があるのだろう。
野菜を使った主菜も目を見張る出来栄え。素早くローストしてしっかりとした歯応えを残したカリフラワーをメインに、柔らかく甘いパープル・ポテト団子やズッキーニとオニオンのチミチュリなどを美しく盛り付け、さらにグリルして甘みを引き出したキャベツの葉で覆い隠しての登場。品があると同時に、甘さや酸味、辛味、歯触りのメリハリなどが口の中で妙なる音色を奏でるトップクラスの野菜料理だ。
チリの肉料理は、ほぼ期待通りの素晴らしさ。45日熟成させた英国産リブアイ・ステーキには特製のチミチュリ・ソースを。独特のマスタード風味のカルメネール・ワイン・ソースが肉の旨味と調和し、肉好きを唸らせる。
もう一つ素晴らしかったのは、副菜としてメニューに載っているトレビスのサラダ。大きなバラがボウルからはみださんばかりに咲き誇っているようでもあり、フレッシュな洋梨と乾燥ニンジンで作る甘くさわやかなドレッシングが惜しみなくコーティングされている。次回もぜひ食べたい出色の副菜である。


アボカドに見立て飴細工でかたどったムースは、マルセロさんの真骨頂。薄いキャラメルはまさにガラス細工のように吹いて作り上げる。パリンと割ると、ふわふわの軽いアボカドのムース、チョコレートのアイスクリーム、カカオがトロリとお目見えし、幸福のファンファーレが聴こえてくる仕組み。
ハニー・ソースを楽しむピーナッツ風味のキャラメル・フランには、チリ南部のチロエ島でのみ採れるウルモと呼ばれる貴重なハチミツが使われ、チリ産のスパイス「メルケン」がスモーキーなアクセントを添えている。ハニーコムの形をしたサクサクのビスケットにもハチミツが練り込まれており、チリの豊かな自然を一つにぎゅっと閉じ込めた一品。


ニコさんは欧州と北欧料理の薫陶を受けており、マルセロさんはフランス菓子の技術を持っているが、その知識と経験すべてを今は母国チリの料理と融合させている。彼らのルーツを育んできた多様な風土と自然の力が、マレイダのすべてに反映されているのだ。
チリ産のワインについて「いまだによく分からない」という人にも、チリ全土のテロワールを簡潔に知るのにロンドンのマレイダほどの場所はない。
まさに南北4,500kmに及ぶ『アメレイダ』の旅の実りがここにある。実ったのはチリから12,000km離れたロンドンだが、それはオーナーのプレニーさんがたどってきた旅でもある。が、それはまた別の話。
Mareida
https://www.mareida.co.uk
text・photo:江國まゆ Mayu Ekuni
