香港の食文化に影響を受けた私厨房という独自スタイル
『ミシュランガイド東京2019』で一ツ星を獲得。着実に進化を続ける「私厨房 勇」は、おまかせコース1本で勝負する。料理人でありエンターテイナーでもある原勇太シェフが創り出す、「私厨房 勇」流の中国割烹の世界とは?
料理は「ゲストに楽しんでもらうためのツールのひとつですね」と語るオーナーシェフの原勇太氏。レストランとして料理がうまいのは当たり前という職人気質を感じた。始まりは、料理人を目指して始めた高校生の頃のアルバイト。「料理はおいしいし、大きな炎を上げて豪快に調理する料理人は格好いい。中国料理のすべてが刺激的だった」と振り返る。専門学校時代には、日本料理やフランス料理の授業でも中華包丁を持ち続けるほど中国料理に魅了された。そんな原シェフが表現するのは “私厨房”という独自のスタイル。年に2回は通う香港では、引退した有名シェフがプライベートで自宅に友人を招いてもてなす“私厨菜”という文化があり、それにインスパイアされたものだ。
カウンターのみの店内に10席の特等席を用意。店そのものがシェフズテーブルだ。「何より大切にしているのは私厨菜と同じ。ゲストに楽しい時間を過ごしてもらうこと」。どの席からも厨房のすべてが見渡せ、ライブ感が味わえるのはもちろん、シェフやスタッフとの間に自然に生まれる会話や笑いなど、エンターテイメント性が加わった豊かな時間も提供しているのが特徴だ。広尾駅、白金高輪駅、白金台駅と恵比寿駅のほぼ中心に位置し、あえて出かけるロケーションにも注目したい。かつて原シェフが通っていた理想に近いビストロがあったのがきっかけで“下町っぽさが残るおもしろいエリア”に惚れ込み、ゲストはもちろん自身やスタッフにとっても、楽しい食空間を創り上げた。
メニューは、前菜3種、スープ、料理3品、麺飯もの、デザートの「おまかせコース(7,000円、前日までに要予約)」が基本。21時以降のみアラカルトメニューの対応をしている。「最後の最後までコース1本にすることは悩みました。アラカルトで好きなものをオーダーしたい気持ちもわかるし、予約必須になる。けれど、一人で作るベストがこれだという結論に至りました」。ただし、すべてのゲストに「今日のコースはこれ」と同じ料理を提供するわけではない。来店回数に合わせメニューを組み立てるため、時には5組のゲストそれぞれに異なる献立を用意することも。ゲスト本位の姿勢と徹底された顧客管理が垣間見えるエピソードといえる。
「日本では、香港の街場で食べる料理が注目されがち。けれど、それだけが香港らしさではないと思います。新しいことに敏感で自由で、エキサイティングで。さまざまなエッセンスがミックスされているスタイルも香港らしさと解釈しています」。そんな香港に刺激を受け、日本人シェフならではの新しい発想を料理に込める。おまかせコースより「牛頬肉とキノコの香港式デミグラスソース煮込み」は、イギリスの植民地だった影響による洋食のデミグラスソースと、八角やシナモンなどのスパイスの香りを融合させ、ワインとも好相性な奥行きのある味わいに仕上げている。同コースの「活鮑の金華ハムとアサリ出汁 青のりあんかけ」は、活鮑とアサリ、昆布出汁という海産物と金華ハムの旨みが重なった繊細かつ芳醇な味わい。間近に原シェフの舞台を見ながら、「今夜は何を食べさせてくれるのか?」と、何度訪れてもワクワク感を持って席に着くことができる店なのだ。
text 近藤由美 photo 大島彩
本記事は雑誌料理王国304号(2019年12月号)の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は304号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。