食の未来が見えるウェブマガジン

トロワグロを受け継ぐ二人(前編)「RAW」アンドレ・チャンと「エスキス」リオネル・ベカ、17年ぶりの「散歩」


フランス・ロアンヌの名門「トロワグロ」で若き日を過ごした二人のシェフが、17年の歳月をへて再会。「対話」をするかのように空白の時間を埋めてゆくコラボレーション。今年1月に台湾・「RAW」で行なわれた第1章「ルーツ」に続く第2章が、7月に東京・「エスキス」で行なわれた。テーマは「知覚̶世界を見る眼」。2人は今、どのように世界を見ているのかー。

同じ情熱と思考性を持つ二人だから実現した競演

ミシュラン二ツ星、ゴ・エ・ミヨでは日本最高得点の19/20、「今年のシェフ賞」も獲得してきたシェフに、誘いの声がかからないわけがない。それでも、これまで、ほぼ全てのコラボレーションを断ってきたという、「エスキス」リオネル・ベカが首をようやく縦に振ったのが、旧友、「RAW」アンドレ・チャンとのコラボレーションだった。なぜかと問うと「知り合ったばかりのシェフと、宣
伝のためにお互いのシグネチャーを出し合うのではなくて、心が通い合うコラボレーションをしたかったから」だと言う。

二人の出会いは今から17年前、トロワグロに、前菜の部門シェフとして新しくやってきたのが、アンドレ・チャンだった。迎えたリオネルはその頃「台湾がどこなのかすら知らなかった」が、「アンドレはあの頃から、今と同じ眼をしていて、台湾を世界に発信する『RAW』のアイデアも、すでに温めていた」と振り返る。だから、「RAW」のミシュラン二ツ星獲得、アジアのベストレストランにランクインだけでなく、世界でコンサルティングを行なうアンドレの今の成功も当然と考えている。

長年モンペリエで過ごしたアンドレと、マルセイユ育ちのリオネル。同じ南仏のバックグラウンドを持つ二人は、初対面ですっかり意気投合した。「同じ情熱を持っているとすぐわかった」とアンドレは言う。物事の考え方が似ており、時間が過ぎるのを忘れて熱く語り合った。その多くは、料理そのものではなく、「お互いの世界の見方や哲学について」。やがて時が過ぎ、二人ともミシュラン二ツ星レストランのシェフとなった。互いの料理を味わうことこそなかったが、対話は続いていた。

『RAW』で開催された第一章「ルーツ」より

トロワグロを代表する1962年からのクラシック「サーモン·オゼイユJへのオマージュ。サーモンの下に温かいソレルの白ワインソースをたっぷりつめたーロ大のタルトに仕立てた。

二つの才能が交わる 現在/ 過去/ 未来

対話が初めて料理という形になったのは、今年1月のこと。台北の「RAW」で開催された「第1章」のコラボレーションだ。テーマは「ルーツ」。二人の出会いのスタートである「トロワグロ」での「過去」が表現された。

それを受けて今回、「エスキス」で行なわれた第2章は「知覚̶世界を見る眼」がテーマ。普段から二人がよく話題にする6つの主題に対して、それぞれ一皿ずつを提供。時間軸を、過去から現在に移し「今の自分の視点」を料理で表現した。「まるで一緒に散歩をするようにコースを作りあげていった」とリオネルは語る。

第二章 「知覚-世界を見る眼」は6つのテーマの中から5つを紹介

I 遺産、工芸、伝統

Andre
ニガウリとシリアル
台湾の夏の味、ゴーヤの下にあるのはお粥でなく鮒鮨や麹を使ったリゾットで、クリスピーな嚢麦の実とシラスがアクセント。サイドには濃厚な卵黄のゼリー。
Lionel
貝類とハーブ
真っ白な皿の上に、一つだけ置かれた無造作な自然の造形が際立つ。中には、いか、みる貝、牡蠣、枝豆、クリーム、アポカドのピュレが入り、野菜のブイヨンと昆布だしのフォームがのっている。

二つの才能は、ロアンヌの地でいかに磨かれたのか。「テクニックは、音楽に例えるなら、楽器を奏でられるかどうか。人の心に触れるものを作るためには、それだけでは不十分だ。自分の心から生まれる旋律がなくてはならない。いかにハーモニーを作っていくかを教わった」とリオネルは言う。アンドレも、ミシェル・トロワグロの言葉が、自分のスタイルを見直すきっかけになった。それまでは、様々な食材を盛り込んでいたが、ミシェルに「5つの食材だけで、何か料理を作ってみて」と言われ、困惑した。「まるで自分が裸になったように感じた」のだという。そこから生まれた、削ぎ落とされた「精緻さ、バランス」が自分の核になっているという。

Ⅱ 人類、出会いとつながり

Andre
“アンドレの悪夢"茄子、ブリ、炭オイル
トロワグロでは、 茄子に鴨のジュと生の帆立貝を合わせた冷菜だったが、 焦がした茄子のジュ、 生の鰤を使った温菜に仕立てた。 下には焦がした赤味噌、 サイドのパウダ はトビウオと乾燥牛肉に五香粉を合わせたもの、 茄子の皮のチュイル。
Lionel
“もっと薄くできないの? " 豆乳、ベーコン、かぼちゃ
トロワグロでは表面を平らに整えるが、 あえて無造作な形にして柔らかな陰影を生み出すのがリオネルの美意識。 薄く作られた豆腐の下には、 かぼちゃのピュレと赤ワインのリダクション、 ジロール茸。 チキンストックベースの白いソースにはベー コンがインフュ ズされ、 トリュフのジュースが隠し味に。

人生の根幹を作った懐かしいトロワグロ時代を振り返る「人類、出会いとつながり」のテーマは、料理名からしてふるっている。「アンドレの悪夢」という一皿は、トロワグロで、ミシェルのお気に入りだったナス料理がベース。当時前菜の部門シェフだったアンドレにとって、「ナスを朝6時から焼いて皮をむかなければならず、盛り付けも崩れやすい、悪夢のような料理」だった。「毎週メニューが変わるから、今週こそ変わってくれ、と願っても全然変わらなくて」そんな若かりし日の思い出に基づいている。今回と使われているハーブこそ違うが、「RAW」では、当時の料理にそっくりのナス料理が作られ「つながり」として、ヘッドシェフのアランに継承されている。

対してリオネルのひと皿は、「もっと薄くできないの?」。こちらも、トロワグロでミルクスキンを膜して生乳とレンネットで作った凝乳を使った料理を担当していた頃、リオネルがミシェルに言われ続けた言葉だ。2006年に「キュイジーヌ・ミッシェル[S]トロワグロ」の料理長として来日した際、凝乳の材料を生乳とレンネットから豆乳とにがりに置き換えて提供するようになった。トリュフの代わりに、季節のジロール茸と、甘いかぼちゃのピュレを敷いている。そして、今はリオネルがスーシェフのユーゴに「もっと薄くできないの?」と聞いている。出会った場所での思い出は、こうして「つながり」、次の世代に受け継がれていく。

後編に続く

RAW ロー
No.301, Le Qun 3rd Road, Taipei City,Taiwan
+886-2-8501-5800
https://www.raw.com.tw/

Esquisse エスキス
東京都中央区銀座5丁目4-6
ロイヤルクリスタル銀座9F
TEL 03-5537-5580
12:00~13:00LO、18:00~20:30LO
日曜夜休(月曜日祝日の場合は月曜夜休)
https://www.esquissetokyo.com/


text 仲山今日子

記事は雑誌料理王国2019年10月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2019年10月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


SNSでフォローする