美味しい料理を出すレストランのパンが美味しいとは限らないけれど、美味しいパンを出すレストランの料理は、間違いなく美味しい—————レストランのパンについて料理人に聞くシリーズ、第二回は銀座「エスキス」のリオネル・ベカさんとユーゴ ・ペレ-ガリックスさんです。
2020年春、東京都の最初の緊急事態宣言でクローズを余儀なくされたレストランの厨房に、毎日のようにやって来て、パンを焼く人の姿があった。銀座のフレンチレストラン「エスキス」のシェフ・ド・キュイジーヌ、ユーゴさんである。
「一日中厨房に立って働くことに慣れているため、それは私たちにとって、とても奇妙でつらい時間でした」。その頃のことを、エグゼクティブシェフのリオネルさんは振り返る。「私は自分の本の制作が始まっていたので、その時間を執筆にあてることができましたが、ユーゴはやることがなくなってしまって、彼は特に真面目だから、常に動いていないと駄目なのです。そこで、前から考えていたことでもあるのですが、パンを作ってほしいと頼みました」。
リオネルさんは「こんなパンがほしい」というようなことは一切言わずに、ユーゴさんに自由に作らせた。むしろ彼が何を考え、どういう手法でパンを作ったか理解して、それに合う料理を作ろうとさえ思っていたという。
フランスのレストランでパン作りの経験があったユーゴさんは、パリとシカゴに住むフランス人パン職人に、SNSを通じて質問をしたり、意見交換をしたり、アドバイスを受けるなどした。やがて新しい「パン ド エスキス(エスキスのパン)」が誕生し、6月の休業明けから、レストランで供された。
新しく生まれたパン ド エスキスは、リンゴ、レーズン、ハチミツで起こすルヴァン種を用いて、オーガニックの「キタノカオリ」やライ麦、フランス産の小麦でつくられるカンパーニュがベースだ。ミキサーを使わず手でこねて、コンベクションオーブンで焼かれる。この1年でレパートリーは10種類ほどに増えた。どれも大きいのが特徴で、「フガス」でも700〜800gの大きさだ。
「プチパンを出すのは、もうすぐ禁止されるでしょう」リオネルさんは笑う。「同じ技術のある人が同じ素材で大小つくったら、大きい方がおいしいと決まっているのです」。
ユーゴさんはどんなパンを目指したのか聞いてみた。
「まず、自分がおいしいと思うパン、食べたいと思うパンを作ろうと思いました。私は普段からパンにバターやオリーブオイルをつけないので、料理と食べておいしいパンです。バリッと香ばしく、よく焼けたクラスト、ルヴァン特有の酸味、旨味、小麦の甘味、塩味のバランスがとれていて、そのままでもまるで料理を食べているようなおいしさのパンをつくりたいと思いました」。
独学ゆえに料理人の舌の感覚、味覚のバランスだけが頼りだった。同時に、独学だからこそ、足かせになる枠がなく、自由につくることができた。
Lionel Beccat リオネル・ベカ
フランス、コルシカ島出身。南フランスのマルセイユで育ち、20歳を過ぎて料理の世界に入る。1997年 ミッシェル・トロワグロのブラッスリー「ル・サントラル」、ミシュラン一ツ星レストラン「ギィ・ラソゼ」「ペトロシアン」で研鑽を積む。2002年 三ツ星レストラン「メゾン・トロワグロ」でスーシェフを務める。2006年 ミッシェル・トロワグロより、東京にオープンの「キュイジーヌ[s] ミッシェル・トロワグロ」シェフに任命され来日。エグゼクティブシェフを務める。2011年 フランス国家農事功労賞シュヴァリエ授勲。2012年「ESqUISSE」 エグゼクティブ シェフ 就任。2018年 Gault&Millau 「今年のシェフ賞」受賞。
Ugo Perret-Gallix ユーゴ・ペレ-ガリックス
フランス、ドローム出身。2006年~フランスにていくつかの名店で研鑽を積み、来日。2015年 京都「菊乃井 本店」を経て2017年「ESqUISSE」へ。2020年7月 シェフ・ド・キュイジーヌ就任。
エスキス(ESqUISSE)
【住所】東京都中央区銀座5丁目4-6ロイヤルクリスタル銀座9F
【電話番号】03-5537-5580
【定休日】不定休
【営業時間】ランチ:12:00-13:00L.O. ディナー:18:00-19:30L.O.
(詳細、最新の情報は公式サイトをご確認ください)
www.esquissetokyo.com
取材・文=清水 美穂子 写真=小沼 祐介
清水美穂子
ブレッドジャーナリスト
パンとそれを取り巻く人々をテーマに、さまざまなメディアで執筆。
著書に『BAKERS おいしいパンの向こう側』(実業之日本社)
『日々のパン手帖〜パンを愉しむsomething good』(メディアファクトリー)ほか