パンとガストロノミー【2-2】 エスキス(ESqUISSE)リオネル・ベカさんとユーゴ・ペレ-ガリックスさん(後編)


美味しい料理を出すレストランのパンが美味しいとは限らないけれど、美味しいパンを出すレストランの料理は、間違いなく美味しい—————レストランのパンについて料理人に聞くシリーズ、第二回は銀座「エスキス」のリオネル・ベカさんとユーゴ ペレ-ガリックスさんです。
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パン ド エスキスのレシピは、1年で4、5回変更された。「半年後にもまた変わっているはず。エスキスはご存知のように『素描』を意味します。つまり、完成していないのです。季節によっても、その時の料理によっても、変わっていきます。冬はマルサラソースにクルミのパンを合わせ、酸化熟成させたシェリーを使った春の山菜料理には、ヘーゼルナッツを入れたスペルト小麦のパンを合わせました。だいたい2ヶ月ごとに変わっていきます。季節や自然に寄り添う料理は、考えてしまうとうまくいかない。自然に生まれるのがいい」。リオネルさんは言う。

「パンと料理は見えない糸でつながっています。何と何が合うと例を挙げたのはここだけの話です。パンはパンでしかなく、説明するものではなく、お客さんに感じてもらうものと思っています。パンの子供に命を与えているのは私たち親で、大人になったパンがお客さまの前に出ているわけだから、パンがお客さまに自分で説明すればいいのだし、あとは食べる人に任せればいい。自由にしていただくことが大切です」。

自由。リオネルさんは自由を何より尊重するシェフだ。

「自分の役割は、パンもユーゴも自由にしておくこと。ユーゴはパンを作る世界を楽しんでいます。ユーゴとパンが向き合うところに介入して行きたくないのです。彼とは4年一緒に仕事しているので、説明する必要がないほどエスキスのフィロソフィーが染みわたっています。試作に意見を求められた時に私が『うーん、もうちょっとナントカカントカ……』と言うのは、もっと試食したいから、そう言っているにすぎません」。

エスキスの厨房では、このパン生地をみんなで世話する。

「パン ド エスキスの本当の意味は、生まれも育ちもエスキスのキッチンということです。同じ常在菌や微生物が存在する空間で、料理人と同じ空気を吸って育った生地。遠い街の知らない工房で作られて運ばれてくるパンとは違うのです。私たちはパン種に「キャロリーヌ」と名前をつけて、育てています」。

ユーゴさんは言う。「パンに耳を傾けて、『どうなりたいの?』と聞いてあげる。日々感じるのは、パンの方が自分より偉いということです。発酵には一番気を使います。『早く焼いてよ』『もっと寝かせて』と、スケジュールを決めるのはパンの方で、パンに比べたら自分たちはちっぽけな存在に過ぎない。よくパンを観察して、謙虚でいなければと思います」。

パン職人はパンを生きものとして扱うが、エスキスの厨房でもパンは生きものとして育てられていた。植物を育てるのが上手な人のことを、「グリーンフィンガー(フランス語ではマンヴェルト)」というが、ユーゴさんはパンを育てるのが上手な手を持つ人なのだった。

パンを愉しむ料理(2021.5)
海のジオグラフィー
マナガツオ 中島菜 タヒニ

地中海の歴史や慣習をテーマにした一皿。さまざまな角度から入っていくことができる。マナガツオは塩レモン入りのソミュールに漬けておき、スチームでゆっくり火入れし、サラマンダーで皮をパリッと仕上げている。マナガツオを囲むのは春が旬のセリ、能登の中島菜にさっと火を通したもの、薄皮つきのそら豆、オーガニックの人参のピュレ、そしてタヒニソース。ゴマより松の実の比率を多くし、酸味がどこか味噌的なフェタチーズ、フュメドポワソン、トマトウォーター、そしてパンの酸味に寄せるためにサワークリームを足してミキサーにかけたソースで、魚だけでなく皿上のすべての要素と合うようになっている。パンはオーガニックのパンドカンパーニュ。粉対比100%のたっぷりの水を加え、2日かけて作られている。バリッとハードに焼けたクラストの香ばしさとほのかな苦味、もっちりとしたクラムの酸味、旨味いずれにも、このタヒニソースがよく合う。

「私は地中海の生まれなので、ここからスペイン、ここからイタリア、など国境を意識せず、『地中海』という一つの文化的アイデンティティを持っています。この一皿は地中海人の視点で作りました。パンはフランスだけのものではない、というメッセージも込めています」。リオネルさんは言う。

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Lionel Beccat リオネル・ベカ

フランス、コルシカ島出身。南フランスのマルセイユで育ち、20歳を過ぎて料理の世界に入る。1997年 ミッシェル・トロワグロのブラッスリー「ル・サントラル」、ミシュラン一ツ星レストラン「ギィ・ラソゼ」「ペトロシアン」で研鑽を積む。2002年 三ツ星レストラン「メゾン・トロワグロ」でスーシェフを務める。2006年 ミッシェル・トロワグロより、東京にオープンの「キュイジーヌ[s] ミッシェル・トロワグロ」シェフに任命され来日。エグゼクティブシェフを務める。2011年 フランス国家農事功労賞シュヴァリエ授勲。2012年「ESqUISSE」 エグゼクティブ シェフ 就任。2018年 Gault&Millau 「今年のシェフ賞」受賞。

Ugo Perret-Gallix ユーゴ・ペレ-ガリックス

フランス、ドローム出身。2006年~フランスにていくつかの名店で研鑽を積み、来日。2015年 京都「菊乃井 本店」を経て2017年「ESqUISSE」へ。2020年7月 シェフ・ド・キュイジーヌ就任。

エスキス(ESqUISSE)
【住所】東京都中央区銀座5丁目4-6ロイヤルクリスタル銀座9F
【電話番号】03-5537-5580
【定休日】不定休
【営業時間】ランチ:12:00-13:00L.O. ディナー:18:00-19:30L.O.
(詳細、最新の情報は公式サイトをご確認ください)
www.esquissetokyo.com

取材・文=清水 美穂子 写真=小沼 祐介

清水美穂子
ブレッドジャーナリスト
パンとそれを取り巻く人々をテーマに、さまざまなメディアで執筆。
著書に『BAKERS おいしいパンの向こう側』(実業之日本社)
『日々のパン手帖〜パンを愉しむsomething good』(メディアファクトリー)ほか

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