シェフがこだわり抜くのは、日本の食材で作る中華料理。
梅ヶ丘の地にオープンして15年。名雪寛己シェフが、大切にしているスタイルがある。自分がその食材を料理に使用することで、日本の地域が元気になってくれればという想い。食事の時間はゆっくりしていただきたいと、店内は掘りごたつ式。奥様の佳子さんと夫婦二人で切り盛りする、アットホームな星付きレストランだ。
「私たちが、認められたのは本当に最近のことです」。2004年のオープン時から、梅ヶ丘の同じ場所に店を構える「瑞雪」。15年前の中華料理は、まだまだ“街の中華屋”を求められていたという。「広東料理」のキャリアが長い名雪シェフに対し、お客様は「焼餃子」をオーダーする。「海老蒸し餃子ならあります」と返せば「何?それ?」と問われることは日常茶飯事。しかし、ある時お客様に合わせて作っていたメニューをすべて外した。「せっかく独立したのだから、やりたいようにやろうと。妻とお店を始めるとき、12年たったら辞めようとゴールまで決めてスタートしたので」。
名雪シェフと島根県益田市との出会いは約7年前。お客様から益田市の自然の魅力を教わった。山があり、海があり、川があり、それぞれの場所で育まれた食材の素晴らしさに惹かれ、応援することを決めた。例えば「島根県益田市産ホンモロコのスパイシー炒め」。ホンモロコとは、淡白な味で骨も柔らかく、コイ科魚類で最も美味な魚といわれている琵琶湖固有の小魚。このホンモロコを休耕田、耕作放棄地で卵から手をかけて丁寧に育てているのが島根県益田市だ。「臭みもなく、食材として面白いと思いました。中華ではあまり使われていないことも魅力でした」。ホンモロコは骨までしっかりと加熱し、香味パン粉(赤ピーマン、青ピーマン、エシャロット、フライドオニオン、ガーリック、鷹の爪、一味唐辛子、浜納豆)とともに一気に炒める。仕上げは、川の中を泳いでいるような盛り付け。そして最後に登場するのが浜納豆。大豆と塩だけで作る浜納豆は、うま味の塊と呼ばれる発酵食品で、静岡県浜松市の名産品だ。「豆鼓の代わりですね。川の中の岩を表現していますが、味のアクセントとして大切な役割を果たすので、香味パン粉とホンモロコと浜納豆を一緒に口にしていただきたい」。発酵由来のうま味と軽快な食感がホンモロコの味を一層引き立てる。
「豚肉のバターソテー 2種のソースで」を調理する工程で、名雪シェフは仕事を語ってくれた。「骨付き肉を避ける調理人もいますが、実は骨は縮み防止として役立ちます」。卵、水、片栗粉、酒、胡椒、五香粉で下味をつけた骨付き豚肉を高温の油で揚げること数分、肉を容器に移し、上から油をかけて蓋をした。「厚みのある肉はじっくり火入れするため、蒸し揚げに。耳を澄ますと音の変化で中の具合がわかるんです」。この店には、コンベクションオーブンもタイマーの音もない。最後に“油出し”のため、もう一度鍋を熱し高温の油の中に肉を入れた。仕上がりの豚肉の断面は、完璧な桜色。これがプロの仕事である。ビーツ、はちみつ、ベリーで仕込んだ酸味のあるビーツソースはフレンチ的な印象だが、オイスターソース&醤油のソースで口にすると一気に中華の世界に引き込まれる。名雪シェフの狙い通りだ。
ディナーは「シェフのお任せコース(6,500円)」と「フカヒレの姿煮入りコース(9,500円)」のみ。以前はアラカルト注文にも対応していたが「ミシュランガイド」で星を獲得したのちにコースのみへとシフトした。「遠方からお越しくださるお客様も多いので、ゆっくりと過ごしいただきたいという思いがあって」名雪シェフの夢の続きはあるのだろうか。「12年という区切りが来る前にミシュランの星をいただきまして、早15年です。しかし、もう1回新しくチャレンジしたいなという想いを抱いているのも事実。自分より年上で現役で活躍されている方を見ていると、負けてられないなと思っています」。
text 青山友美 photo 竹内洋平
本記事は雑誌料理王国304号(2019年12月号)の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は304号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。