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「すきやばし次郎」小野ニ郎の「すし屋の心得」#6


すし屋の門を初めてたたいてから50年以上もの間、すしを握り続ける銀座「すきやばし次郎」の主、小野二郎さん。彼が求め続けるすしとは、職人の姿とは。二郎さんが「もっとも信頼していて話しやすい」と名をあげる料理評論家、山本益博さんが、その言葉を聞き出す連載。ジャンルを超えてすべての料理人に伝えたい。

一、海苔、お茶、わさび。脇役だからこそ、手を抜けない

すしというと、たいていの方は上にのっかってる魚のほうばかりを気にされますよね。最近は、山本(益博)さんがあちこちの雑誌や本で言ってくれたから、すし飯にも興味を持ってくれるお客さんも増えましたけれど。

だけど、すし屋としての完成度は、なにもこの魚と飯だけで成り立つものではないんです。いえむしろ、目立たないものこそしっかりとしておかなくちゃいけないんですよ。

そのひとつがあがり(お茶)です。特にあたしは静岡出身ですからね。小さな定食屋でもうまいお茶を出すって環境で育ちましたから、特に気を使うのかも知れません。

うまい江戸前の握りを楽しむためには、前に食べた握りの味を一回消して、次の握りのために口をきれいにしておくことが流儀です。ガリの刺激で前の味や脂、香りを消して、あがりで口を洗う。だからまず、あがりは熱くなくてはいけないんです。中途半端な温度だと、前に食べたものが生臭く感じられてしまうでしょう。

熱いお茶を飲んでもらいたいから、お客さんの食べたり飲んだりするスピードに気を配ることはもちろん、最初におつ注ぎする量も大事です。目一杯にしてしまったら、下のほうのお茶がどんどんぬるくなりますからね。

うちの湯のみは熱々のお茶をいれても持って熱くない。器を細めにしてあるから、少なめの量を注いでも、ちょうどいい高さになるんです。

でも、お茶のいれ方ってむずかしいんですよ。若いもんも苦労してるみたいです。「濃いっ」と言って突き返すと、お湯みたいに薄いものを持ってくるし、「薄いっ」ていうと、今度はドロドロに濃いものを持ってきちゃうし。「何やってんだ、考えろ」ってよく怒鳴ります。濃すぎたら茶の苦味が口に残る。逆に薄すぎたら、何より、茶なのか湯なのか、中途半端で気持ち悪いでしょう(笑)。

飲んだときに口の中がスーッとなるくらいの、ピタリとした加減に仕上げるには、茶の色を見極めればいいんです。いれ方ですか?そんなもの、自分でいれてみて、確かめて覚えるしかないですよ。

海苔は備長炭で毎朝焙ったものを

お任せをご注文いただいたとき、最後を飾るのはだいたい海苔巻きです。ですから、どんなに握りで満足していただいても、最後の海苔巻きがおいしくなかったら、すし屋全体の評価が台無しとなるでしょう。それだけ、海苔巻きというのは大事なものなんです。

だからうちは、海苔巻きの海苔にまで気を遣いたくて、その日に使う分だけ、毎朝、備長炭で焙ります。一般的な炭だと炎が高くなりすぎて海苔が燃えてしまうし、ガスだと水分が発生するのでパリッと仕上がりません。電熱器だと、火力が弱い。備長炭で焼くと、夜までパリッとしてますよ。

使う海苔は海苔屋さんに相談しますけど、やっぱり、東京湾のものが一番です。甘い潮の香りがしたと思えば、すっと口の中で溶けるように消える。なんともいえないおいしさがあるんです。それを強く感じてもらえるのは、やっぱり備長炭で焙った、焙りたてのものなんですよ。

海苔の艶のあるほうを二枚重ね合わせ、裏側だけを焙ります。備長炭は火力が強いですから、油断をするとあっという間に燃えてしまう。特注の網の上で、〝掃く〞のではなく〝叩く〞ように焙るのがコツです。指先だけを使って、パッパッパッパッと素早く手返ししながら四隅全体を焙っていくわけです。そうすると、黒色から鮮やかな黒緑色に変化し、ほのかに潮の香りがしてきます。これは、あたしが修業をしていた京橋「与志乃」で覚えた仕事です。

でも、こういう仕事は地味で、お客さんにわかってもらいにくいから、割りが合わないと思っているすし屋も多いようですね。電熱器で焼いたものを海苔屋で買えばいいことですから。でもね、海苔のおいしさだって、わかる人にはわかるんですよ。そうそう、以前、(ジョエル・)ロブションさんがいらしたとき、「魚によって全部わさびの量を変えていますね」って見抜いたことがあった。実際、そうなんですから驚きました。まして、いらしていただくようになって最初の頃でしたからね。そんなお客さんもいるんです。

わさびやお茶、海苔といった目立たないものでもけっして手を抜かないことが、一流の仕事。脇役こそ、気を抜けないんです。

海苔

海苔はその日に使う分を、毎朝、紀州の備長炭で焙る。焼く担当は長男の禎一さん。備長炭に対して垂直に叩きつけるように当て、手早く返す。うっかりすると火が燃え移るので、 10割焙るのではなく、9割5分にとめる気持ちで四隅まで万遍なく焙る。

一般の炭では炎が高くなって海苔が燃えてしまうが、備長炭ならほどよい火加減となる。だが火力は強力。いかに瞬間的に火を入れていくかが勝負。備長炭で焙るにはむずかしい技が要求される。

お茶

粉茶は二郎さんの地元、静岡・川根から直送したものを使用。茶漉しに人数分の粉茶を入れて熱湯を注ぎ、急須でうける。いれ加減がむずかしく、濃すぎてもダメ、薄すぎてもダメ。あがりのひと口で前に食べたすしの味をサッと消せる味となるように注意を払う。

わさび

伊豆の天然わさびを使用。長年使い込み、目立てが細かくなったおろし金で、大きく、ゆっくり回しながら、空気をたっぷり含ませるようにおろしていく。力を要れず、練るように。ショウガの場合は、まだ目立ての粗い新しめのおろし金で押さえつけるようにおろす。

山本益博 監修、管洋志 撮影

本記事は雑誌料理王国第164号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第164号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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