食の未来が見えるウェブマガジン「料理王国」

「すきやばし次郎」小野ニ郎の「すし屋の心得」#4


すし屋の門を初めてたたいてから50年以上もの間、すしを握り続ける銀座「すきやばし次郎」の主、小野二郎さん。彼が求め続けるすしとは、職人の姿とは。二郎さんが「もっとも信頼していて話しやすい」と名をあげる料理評論家、山本益博さんが、その言葉を聞き出す連載。ジャンルを超えてすべての料理人に伝えたい。

一、自分に合わせてくれる仕事なんてない。自分を仕事に合わせる

テレビや雑誌の影響が大きいんでしょうね。料理人という職業が認知されるようになって、憧れを持って料理人になりたいという若い人たちが増えたことは喜ばしいことです。

私がこの世界に入ったときは「料理人にしかなれない」っていう状況の人たちが、そりゃ多かったですよ。かく言う私もそうです。昭和の大恐慌の人減らしのために、8歳で料理旅館の奉公に出されちゃったんですから。

でもね、じゃあ、昔と今とどっちの時代に本物の料理人が育ったか、というと、私は迷わず「昔」と言います。「この仕事を逃すとごはんが食べられない」。そういう状況で腹をくくって仕事をしてきた人は強いんです。

最近の若い子は、我慢できないとすぐに辞めてしまいますね。電話をかけてきたと思ったら「給料はどのくらいくれますか?」「週休2日ですか?」といきなり聞いてくる。仕事がいくらでもあると思っているんでしょうし、仕事しなくても親が面倒みてくれるとでも思ってるんじゃないですか。

私たちの時代はね、雇い主に追い出されたら橋の下で飢え死にするしかなかったんです。どんなに殴られても蹴られても、ぐっと我慢していた。それでいて「なにくそ、負けるものか。今に見ていろ」と、闘志を燃やしてたわけです。まあ、私は負けず嫌いだったから、人一倍その気持ちが強かったかもしれませんがね(笑)。

貧しい時代がよかったなんて言いませんよ。でも、そうやって鍛えられた強い精神は、職人にとってなくてはならないものだと、私は思っています。そう、あらためて言いますが、料理人とは職人なんですよ。

8歳から料理屋に奉公へ出た。朝から晩まで、とにかくよく働いた。つらいことがあっても、とにかく耐えた。生きていくには、それしか道がないと言い聞かせて。

技術は職人にとっての宝。追究しても、果てはない

職人にとって必要なこと、それは技術です。技術がないと、どんなに心を込めても気合を入れても無駄なんですよ。これは、理屈じゃない。言い換えれば、技術を積み重ねることが、お客さまに「心を込めた」ことになる。仕事において迷いや大きな負担がかかった場合でも、技術でしか克服する方法はないし、逆に、技術さえあれば、克服もできるわけですよ。
だから、修業がいるんです。

すし屋の場合、私は「10年やって一人前」だとよく言うのですが、まずは3年我慢することです。3年我慢したヤツは5年がんばる。そうすると、彼らのほうから気づくんですよ。「もっとやることがある」。すると、あと5年がんばって気がつけば10年。そうなってしまうもんなんです。

人間はね、よほどの鈍いヤツでない限り、失敗した時点で立ち止まって考えるもんです。たとえば卵焼き。卵焼きを担当しているウチの若いもんはここに来てから8年目になりますが、うまく焼けるようになるまでは、そりゃもう、百枚は失敗してます。毎日、毎日、叱られて、蹴飛ばされて。それで、ずっと考えていた。ある時期ノイローゼになりましたからね、ヤツは(笑)。でも、それが本物の姿だと私は見てるんですよ。それだけ、仕事に没頭してのめり込んだってこと、真剣になっているってことですから。

そうやって苦しんだ人間は、できたときの喜びも知っている。その喜びをまた味わいたくて、必死になる。そうしたら、また次の課題を自ら見つけ、苦しみ、喜ぶ。その繰り返しですよ。技術の習得に、果てはない。
自分が与えられた仕事に、どれほどの深みがあるのか。それを理解できるかどうかが、仕事を好きになれるかどうかでしょう。

このことは、職人に限らず、すべての仕事にいえるとは思いますがね。仕事を選んだのは誰でもない自分の責任。まずはそれに没頭して惚れ込むことです。「この仕事は私には合わない」「私にはもっとふさわしい仕事がある」なんて、もっともらしいことを簡単に口にする人がいますが、「てめえに合う仕事なんてあるか」って言い返してやるんですよ。そんなことを言ってるもんは、世界中のどんな仕事をしたって駄目ですよ。隣の芝生は青く見え続けるもんなんですから。

自分を仕事に合わせることができる。そういう人こそ、何をやっても成功をつかむ。そういうもんです。

平目

霜の降りる頃になると、一段と脂がのって身が太る。真っ白の身が淡い飴色となる状態が、全身に脂がまわった証拠だ。2キロ前後のものがよいが、最近は手に入りにくくなった。ぷっくりとした厚みと、透明感のある美しい身質。握り甲斐のあるネタのひとつだ。

弾むような歯ざわりとほのかな甘さと香り。 まさに冬の白身の王様

身を傷つけないように、柳刃でウロコをていねいにすきとる。白い皮のウロコも念入りに。

明石のタコに負けない味と香りを、東京の地ダコでできないかと考え抜いた末に生まれた技法で。半日ほど寝かせ、弱らせてからもみ始める。もんで、もんで、ひたすらもむ。その時間は約1時間が目安だが、活きと大きさによって調整。経験がものをいう。

冬場に出される名物 ひと肌のタコ。繊細な味と香りを粗塩で。

鮮度がいいうちにもむと身が急に収縮し、軟骨のある真ん中に穴が開く。

山本益博 監修、管洋志 撮影

本記事は雑誌料理王国第203号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第203号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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