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コーラはまるで民藝。ご当地コーラづくりで、日本再発掘。ともコーラ#2ぎふで作るクラフトコーラ物語(前半)


ふるや・ともか
1992年生まれのフードプロデューサー。調香師。クラフトコーラ「ともコーラ」やノンアル専門ブランド「のん」等の飲食事業をプロデュー スする他、日本初のフードレーベル「ツカノマノフードコート」を主宰し都内に神出鬼没の食の実験場を作る。「料理王国」「Ozmagazine」「日本食糧新聞」などで連載執筆も行なう。

この秋、岐阜コーラプロジェクトはクラウドファウンディングサイトcampfireに掲載され凡そ3日間で200%を達成する注目を集めた。
「ぎふコーラ」と名付けられる岐阜の素材を用いたクラフトコーラは、江戸時代以前より岐阜で育まれてきた薬草文化を温故知新するべく、岐阜に住む若き3名が立ち上げたプロジェクトである。今回は、ともコーラが彼らと共に岐阜コーラを作る中で感動した話のお裾分けします。

岐阜に眠りし薬草文化をお訪ね

みなさんは岐阜の薬草文化の歴史についてご存知だろうか?
岐阜と滋賀の県境にある伊吹山では、約450年前に「医療」目的で薬草園が作られたと言われている。元々、伊吹山には多様な日本原生種が自生していたが、これら植物に効能を見出し、有益な薬草として積極的に”栽培”させたのは織田信長氏の功績らしい。オランダ人と交流を深めた織田氏は、蘭医学の影響を受け“薬“として薬草を栽培を始めさせた言われている。
薬いえば富山や奈良のイメージがあったため、私は岐阜の資料館を巡りこうした歴史を知った時は、今回のコーラ作りの重要なインスピレーションになると感じた。

昭和初期には伊吹薬草(伊吹山の薬草達を総称していう)を、ブランドとして世に広げるために「春日村伊吹薬草組合」が発足し代表的な商品として薬草を用いた入浴剤等を製造していた過去もある。(パッケージがものすごくハイセンスかつかわいい….)

そこからさらに歳月が流れても、伊吹山の麓にある旧春日村では生活に薬草を取り入れるのが当たり前だ。例えば伊吹山付近にある公衆浴場ではたっぷり山の薬草が袋詰めされたものがお湯に入っているし、一般民家では軒下で収穫後の薬草たちが干されている風景も目にできる。
これだけの歴史そして現在の生活にまで受け継がれる文化がありながら、伊吹山の薬草がなぜそこまで有名でないかについて、かなり謎だと私は思っている。私が岐阜を訪れる前からこの歴史について少し知っていたのも、かつて和ハーブ協会の方からまるで”伝説”や”日本昔話”かのように、伊吹山のことを聞いたからだった。

温故知新!伊吹山で新伝説をつくりだす3人組の企み

日本の知られざる宝とも言える、こうした岐阜の薬草文化をそして伊吹百草を、もっと世に広めたいと立ち上がったのは、岐阜在住20代の3名で、岐阜コーラプロジェクトの主人公たちである。

岐阜でオーガニックレストランの店主を勤める片山さんがともコーラをお店で提供して下さったのをきっかけに、岐阜コーラの話が持ち上がり、そこから伊吹山の薬草を使った料理を提供するキッチンマルコの店長・四井さん、そして地域おこし協力隊として岐阜で働く泉野さんが加わり、岐阜コーラのプロジェクトが本格的に始動することとなった。

そして今年の初夏、私は彼らと岐阜のコーラを作るために伊吹山の麓を訪ねてきた。そこで見聞きしたこと、そして実際に伊吹百草を使ったコーラが出来上がるまでの話は、また次回としましょう。


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