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幻のベルギー二つ星の味は、東京にあった!  海を越えたスペシャリテは必食。


2020年9月、5周年を迎えた東京・赤坂のフランス料理店「フルヤ・オーガストロノム」。店名は、2年間料理長を務めたベルギーの二つ星フランス料理店「オーガストロノム(au gastronome)」から。古屋賢介シェフが繰り出す骨太な料理のDNAを探る。

豚肉は温かいうちに隣町から届く。ヨーロッパだから学べた矜持を、一皿に反映して。

「『クラッシックな料理』って言われると、なんか違うな、と。自分の中ではこれがアラモードだぜ、と思ってやっています」。
真っ白な皿にたっぷりのソース。イノベーティブ全盛の東京で、47歳のシェフが生み出す料理としては、異色と言って良い。だが、肝心なのは、その味わいだ。赤ワインソースなど、通常は重たくなりがちなソースが、とても軽いのだ。かと言って、味が淡いかというと、そうではない。それが、ベルギーの二つ星フランス料理店「オーガストロノム(au gastronome)」の名を受け継ぐ「フルヤ・オーガストロノム」の古屋賢介シェフが作る料理だ。

「本場の仕事が見たい」と、フランス、ベルギー、スイスなどヨーロッパ各地で8年間修業し、最終的には前出のベルギー「オーガストロノム」の料理長となった。場所はベルギー・ブリュッセルから南に車で約2時間の片田舎。何もない鄙びた街で、父から星付きレストランを受け継いだミッシェル・リボットオーナーシェフが生み出す正統派フランス料理を求めて、フランスやルクセンブルグ、オランダなど、近隣各国から人々が訪れた。そこで学んだのは、食材の鮮度と、一から自分で作る料理の大切さ。地元の野菜や果物だけでなく、豚肉などは隣町から、まだ温かい状態で届く鮮度のよさが自慢。その上、リボットシェフは、処理の手間を面倒がって、多くのレストランが下茹で済みのものを購入する仔牛の頭なども、鮮度のために、厨房で生から下ごしらえすることを厭わなかった。そんなリボットシェフの姿に、これこそ、ヨーロッパでしか学べないことだ、と感じたと言う。


その精神は、間違いなく東京・赤坂の地で生きている。古屋シェフに、2人で切り盛りしているという厨房に案内してもらうと、ガス台の横に鎮座する60リットルの巨大な鍋が目に飛び込んできた。フォンドボーやフォンドヴォライユなど、ベースとなる部分はまとめて作るが、「ソースの新鮮さにこだわりたい」と、サービスの1テーブル毎にソースを仕上げる。軽さの決め手は、オーガストロノムの前に1年半働いたスイスの二つ星「ドメーヌ・ド・シャトーヴュー」での経験から。「カエルのパセリソースがスペシャリテだったんですが、そのソースがすごくおいしいんです。働いてみると、ソースにフォンではなく、牛のコンソメを入れていることに気付きました」。それがヒントになり、日本の繊細な味わいの食材と味覚の嗜好に合わせるために、牛ではなく、丸鶏と鶏胸肉でコンソメを取ってソースに加えている。


「ヨーロッパでは、バターがおいしいから、『もっと使え』と言われるんですが、大切なのは、味が決まること。しっかりとうま味を出せば、油分や塩分はそんなに必要ないんです」店で作るフォンドボーは、水60リットルに対して赤ワイン2〜3本入れる「ドメーヌ・ド・シャトーヴュー」のやり方だ。

「ドメーヌ・ド・シャトーヴュー」スタイルの赤ワインのフォンドボーを使った「64度47分火入れした大分県産地玉子『蘭王』、オーストラリア産黒トリュフ、赤ワインソース」

師匠のスペシャリテを受け継ぎつつも、日本の気候風土を意識したフランス料理を。

東京に帰って来てみて改めて気づいたのが、気候の違い、特に湿度の高さだ。「すっきりと食べていただけるように、ヨーロッパの時よりも、スパイスを多く使うようになりました」という言葉通り、この日の魚のメインディッシュ、愛媛産のイトヨリ鯛には、クミンやコリアンダーなど6種類のスパイスを加えたクリームソースを合わせてあった。ちなみに、「フュメドポワソンは、匂いが苦手なので、甲殻類系のソース以外は使いません」ということで、鶏のコンソメとフォンがベースになっている。

メインディッシュの一つ、「愛媛県産 イトヨリ鯛ポアレ」

また、5周年記念メニューとして、現在9月末までミッシェル・リボットシェフへのオマージュの料理が提供されている。
「フランス・ランド産フォアグラと愛知県産穴子の薫製、玉ねぎと林檎のソテー ミルフィーユ風」は、「オーガストロノム」ではソテーしたフォアグラ を使っていたが、あっさりとテリーヌに。うなぎの代わりに穴子を使うが、牛乳に漬け込んで生臭みを抜く下ごしらえ、ミルフィーユ仕立てのスタイルは同じだ。

もう一品、ミッシェル・リボットシェフの名を冠した豚足のファルシは「オーガストロノム」のスペシャリテ。古屋シェフは元々豚足はあまり好きではなかったそうだが、初めて「オーガストロノム」に客として食べに行った時に、おいしくて感動し、働くのを決めたという思い出の品。ソミュールに漬けてからブランシール、ブレゼしたリ・ド・ヴォーやトランペット茸、鶏のムースなどを巻き込み、蒸したものを、表面がカリカリになるようにグリルで焼きあげた。「地味なんですけど、意外に手間がかかっているんですよ」と古屋シェフは笑う。
リボット氏は高齢で持病もあったため、古屋シェフが帰国後まもなく、ベルギーのオーガストロノムは閉店、店名のみならず、海を越えて自らのスペシャリテが生き続けていることを喜んでいるという。

お店のシグネチャーでもある「ムッシュ・ミッシェル・リボットへのオマージュ 、豚足のファルシのグリエ」。前出のフォアグラは通常7月・8月限定のメニューだが、豚足は通年メニューで、10月以降も通常コースに追加料金ありでオーダー可能。念のため、予約の際にリクエストしておくと安心だ。

「ヨーロッパの星付きの店でも、コンソメを作る店は少なくなりましたし、フォンドボーも既製品を使う店もあると聞きます。でも、既製品から、よく自分の味が作れるな、と不思議なんです。世間がどうであれ、自分は、正統派フランス料理のエスプリを表現していきたいと思っています」。

かつて、オーガストロノムのリボットシェフは、妻や周囲の人に「そんなに手間をかけずに、既製品を買えば良いのに」と言われつつも、頑として一から自分の手で作り上げることをやめず、父から受け継いだ店を16年間二つ星に保ち続けた。店の名前だけではなく、そんな骨太な精神は確実にこの東京で息づいている。

変化は決して、目に見える物だけを指すのではない、料理の根幹である味の変化こそ、過去から未来に向けての座標軸を示すものになるのではないだろうか。クラシックとは、自分のスタイルでの「今」を追求して来たシェフたちが生み出し、人々に選ばれてきた結果の集大成だ。伝統に根ざしたフランス料理の技法を受け継ぎながら、こんな風に「今」を表現していくシェフが身近にいる、そんな東京のフードシーンの豊かさに、改めて感謝したい。

古屋賢介(ふるや・けんすけ)
1973年東京都生まれ。1999年、フランス料理を学ぶため渡欧、ベルギーのミシュラン三つ星「レストラン・ブリュノー」、スイスのミシュラン二つ星「ドメーヌ・ド・シャトー・ヴイュー」などで修業を重ね、2003年にベルギーのミシュラン三つ星「オー・ガストロノム」へ。部門シェフとして活躍後、2006年に帰国、代々木上原「ル ・キャバレ」料理長。2008年、リボット氏の熱望を受けてベルギー「オー・ガストロノム」料理長就任。2010年に帰国、2015年「フルヤ・オーガストロノム」開店。

フルヤ・オーガストロノム
東京都港区赤坂4-3-9 赤坂藤マンション1F
TEL 03-5797-7527
・12:00~15:00
・18:00~23:00(土曜・祝日18:30〜)
・日休(月2回不定休あり)
・コース 昼2,750円〜、夜10,000円〜(税・サ別)
・16席
https://f-augastronome.com/
席間隔を2メートル以上開ける、営業中の空気の換気、スタッフの手指のアルコール消毒、マスクの着用、サービスは手袋着用などのコロナ対策を実施している。

取材・文/仲山今日子


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