フランス南東部に位置するローヌ=アルプ地方。ここを拠点とするトロワグロ家は、初代のジャン・バティストさんがレストランを始めてから約85年、4代続く料理界きっての名門である。ロアンヌにある本店「メゾン・トロワグロ」は、50年近くもミシュラン三ツ星を維持し続ける驚異的な記録でも名を馳せるレストラン。4代目の重責を担うセザールさんの来日に合わせ、名店を支える精進の日々について、新宿で聞いた。
また、トロワグロの感性はつねに世界へと開かれていて、各国のさまざまな食材や調味料に対してリサーチし、挑戦を続けている。日本産の食材ではワサビ、醤油、七味やユズなど、フランスの料理人にも馴染み深いものも多いが、「知らないものはまだたくさんある」と話す。
今回、新たな食材として注目したのは、和歌山県「紀州原農園」の柑橘類だった。柑橘類は、酸味を大切にするトロワグロの料理に欠かせない。フランス産と異なる風味を活かすことに挑戦した。相対的に「繊細」な日本産の食材を使うことで、「フランスのゲストを日本への味の旅に誘うこともできる」とセザールさん。
「『メゾン・トロワグロ』は三ツ星レストランの中でも特殊な存在です」
フランスやスペインなどの星付きレストランで修業を積んだ後、2011年から本店の厨房を父親のミッシェルさんとともに仕切るセザールさんは、自店をこう評する。
どこがどう特殊なのか――。
「2代目の祖父も3代目の父も元気で、家族全員でゲストを温かくもてなす点です。スターシェフがいるわけではなく、その独特の雰囲気を愛する人が贔屓にする店なのです」
名門を継ぐことに、もちろんプレッシャーはある。「でも厨房に入ったらそんなことは忘れて、目の前の仕事に専念します」。新メニューを誕生させる際の父ミッシェルさんの手法は民主的で、紙に書いてまとめたレシピを持ち寄り、それをもとに親子で議論する。新メニューが生まれるまでに1カ月かかることもあれば、議論だけで何も生まれないこともある。それは父というより、世界の「壁」に立ち向かう緊張の時間だが、「テニスのラリーのようで楽しい」とも。
こうして生まれた新メニューはそのまま完成形となることもあれば、改良を繰り返す場合も少なくない。そこでもまた繰り返される議論。「意見が対立して、喧嘩になることもあるんですよ」と苦笑する。しかし、その結果、勝つのは今のところいつも父のほうだ。「自分が正しいということを説明しようと必死になるのですが、あがいても父は超えられない。全敗です。まだまだですね」。
尊敬と悔しさが入り混じった複雑な表情が、4代目の苦悩を象徴する。「父と肩を並べる存在に必ずならなければ」と自覚しているからだ。現に、2年後の「メゾン・トロワグロ」の移転・拡張計画は着々と進行中。今の場所から6キロ離れた地に17ヘクタールの土地を確保し、庭には桜の木も植える。「ここの運営については、いずれ自分が主力となり、ファミリーを率いていく責任がある」。
本店を管理する一方、日本の「キュイジーヌ[s]ミッシェル・トロワグロ」を定期的に訪れ、料理や運営面をチェック。「まだまだ学ぶことだらけ。もちろん、星も守らなければ」。やるべきことは山積しているが、プレッシャーをバネに、まずは父を論破するところから始めて、成長していきたいと言う。
César Troisgros
1986年、ロアンヌ生まれ。リヨンのポールボキューズ料理学校で基礎を学んだ後、調理師やレストラン経営に関する資格も取得。フランス、スペイン、アメリカなどの星付き店で修業し、2011年から「メゾン・トロワグロ」の厨房に入り、現在は同店のシェフを務める。
上村久留美=取材、文 依田佳子=撮影
本記事は雑誌料理王国2015年8月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2015年8月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。