納得感を持って「いい店だ」と感じてもらいたい。そのために何をすべきで、何をせざるべきか?主の高柿伸英大将が考え抜き、計算を積み重ねた結果、新しい発見と驚きを愉しめる鮨の時空がそこに育まれる。「しみじみいい鮨」が生まれる背景を、ご一読あれ。
水天宮のお膝元、車1台すら通れない路地裏の古民家に、真新しい暖簾が掲げられた。腕に自信がなければ、この人気のない立地は選ばないだろう。店先に停められた原付バイクの荷台にはトロ箱。深夜から河岸に向かう大将の姿が目に浮かぶ。出迎えてくれるのは30代になったばかりという福岡出身の高柿伸英氏。小学生の頃から釣りが趣味、16歳から20歳までは漁師として玄界灘で真鯛を追いかけたという筋金入りの魚好き。テレビで見た鮨職人に憧れ上京し、名店「新ばし しみづ」などでの修業を経て、2018年に独立した。
スマートにお茶が出てくる丁度よい距離感のカウンター。実によく計算されている。聞けば、元々ここは土の床しか残っていない空き家だった。内装屋に少々ムチャを言って大将の思い描く空間を作り上げたという。
昼はお任せの握り11~12貫のみ。空腹感に任せて鮃、墨烏賊、鮪赤身のクリーンアップトリオをいただく。赤酢が効いたシャリの心地よい刺激に、舌と胃袋が大喜び。野球でいえば4番打者、ここで大トロの登場だ。当然のようにホームラン級の美味しさ。しかし残り8貫もある。この大胆な采配の行方やいかに!?5番は江戸前の真骨頂、小鰭である。 口に入れた瞬間に広がる、複雑かつ鮮烈な
酸味。それでいて角がなく、口当たりは驚くほど丸い。力強いうま味が印象的だった大トロが、気づけば遠い存在に。大将いわく、力と力をぶつけ合うビックバン戦法だという。6番は赤貝、7番は蛤、下位打線ならぬ技巧派の貝打線。貝柱やヒモを巧みに組み合わせた握りで、複雑な食感が面白い。さらに針魚、蝦蛄、鰤と緩急のある展開が続く。10番の車海老は、頭部分の味噌が舌に直撃したように感じるほど濃厚。じつはこれ、うま味を感知しやすい味蕾に海老味噌が届くよう、仕掛けがある。最後はふわふわの穴子できっちりと抑えてくれた。監督こと高柿大将の手のひらの上ですっかり転がされてしまった気分だ。
しみじみ、いい店である。お茶を飲みつつ、幸福な気持ちに包まれるひととき。「しみじみうまい鮨」の秘密は?と問えばこんな答えが。
「じつは、シャリには赤酢だけでなく赤梅酢も使用しています。梅干しと同じく、日本人のDNAに訴えかける力があるのか、そのうち不思議と恋しくなる味付けなんです」。そんな仕掛けまであったのか。たまらず次回の予約を取り付けた。1ヶ月待ちのワクワク時間の始まりだ。
一 鮃
高柿氏が利尻産鮃などの白身に求めているのはうま味より甘み。ゆえに熟成はさせず朝〆で出すのが基本。ネタの厚みや切りつけで食感を調節し、咀嚼した際の一体感を演出する。
二 墨烏賊
東京湾でとれた地場のネタ。シャリに與兵衛と琥珀という2種の赤酢を効かせ、端正な扇の地紙型に握るのは「新ばし しみづ」と同様。江戸前の仕事をしっかりと継承している。
三 鮪赤身
津軽海峡の三厩で水揚げされた鮪。煮切りは酒を多めにし、修業先より優しい味わいにしているそうだ。素材が持つ味の輪郭をはっきりさせつつ、シャリとの調和を計算している。
四 鮪大とろ
シャリの明確な酸味で軽やかにいただける脂の乗った三厩の鮪大とろ。ネタの食感とシンクロするようにシャリの握り方を変えており、大とろはほろりと崩れる程度に握る。
五 小鰭
高柿大将の名刺代わりという個性的なネタ。塩で50分〆た後、シャリとは異なる特製ブレンド酢でさらに50分〆ている。酸味に角がないのは冷蔵庫で3日寝かせているから。
六 赤貝
宮城の閖上、5本の川が流れ込むミネラル豊富な海で育ったブランド赤貝。酸味が印象的な小鰭の後は食感豊かなネタで攻める。握るネタの順にも“しみじみいい鮨”の所以がある。
七 蛤
食感妙なる大玉の鹿島灘はまぐりもブランド貝。穴子を煮詰めたツメの甘さ、強めに効かせた本山葵の辛さ、溢れ出す貝のうま味、シャリの酸味と、味わいのグラデーションが際立つ。
八 針魚
鮮度が命の針魚は近海、千葉産。さらりと塩を振ることで素材のポテンシャルを引き立てている。再びの白身、甘みと酸味のバランスが良くしみじみうまい。包丁による食感も絶妙。
九 蝦蛄
塩ゆでした宮城の蝦蛄は、うま味の強さが印象的。さっぱりした味わいが続いてからの登場で主役級のインパクト。すべての鮨は主人公であり、脇役でもあるという考え方が明快だ。
十 鯖
塩で3時間、酢で3時間〆て3日寝かした鯖。小鰭に比べて脂がかなり強く、酸味よりうま味が際立っている点が魅力だ。水分量も多くふっくらとした食感を愉しめる仕立て。
拾壱 車海老
全体の長さを調整し、尻尾の殻を残すことで、口に含んだ際に海老味噌が舌の奥に届くようコントロール。味噌のうま味をより濃厚に感じられるように、握る前に少し温めている。
拾弐 穴子
古式原糖で煮込むことで、奥行きのある甘みに仕上げている。ミネラル分が豊富なのもポイント。また食べたいと感じさせるためには味わいだけでなく栄養価も需要だ、と大将。
高柿の鮨(たかがきのすし)
東京都中央区日本橋蛎殻町1-30-2 TEL 03-6231-0923
12:00~14:00(完全予約制)
前半18:00~
後半20:30~
水休
text 佐藤 潮 photo 鈴木泰介
本記事は雑誌料理王国2020年2月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2020年2月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。