料理業界に入って25年。鈴木弥平オーナーから店を任され、来年で丸10年になる岡村光晃さんにとって、料理は足していくより引いていくもの。毎日作る料理にも「これは本当に必要なのか?」という疑問をつねに抱きながら、削ぎ落とせると感じたものを引いていく作業を積み重ねた結果、現在の料理の形があるという。
「お客さまに一番感じてほしいのは、やはりおいしさ。そのために必要かどうかを熟考したうえで、引き算を行動に移すようにしています」
だから、今作っているすべての料理も完成形ではなく、現在進行形。「やはり師匠である鈴木弥平さんと、心の中で師匠と仰ぐ料理人の方たちに共通しているのが、できるだけシンプルに削ぎ落とされた料理を作っているということ。だから自分も自然とその方向に進んで行っているのかもしれません」
正統派トラットリアのシェフという呼び方をされることも多い岡村さん自身、目新しいものより、長く愛され続けているものに価値を感じているという。食材に関しても、まだ見ぬ食材との出合いよりも、これまで出合ってきた食材と向き合うことを大切にしたいと考える。
「本当は流行にも目を向けなければいけないんでしょうけれど、そこを突き詰めたいとは思わないんです。ただし、お客さまを飽きさせてはいけない。そのためにも自分自身を日々バージョンアップさせていかなければと考えています」
「もともと好きだった日本のモツ煮込みと、牛の胃袋を柔らかく煮込んだフィレンツェのランプレドットという料理を足して2で割ったような料理を作りたいと考えたのが始まりです」と話す岡村さんの手によって完成した「和牛のモツ煮」には、トリッパ(ハチノス)、小腸、2種類のギャラ(胃袋)という4種類の牛モツが使われている。
「内蔵料理で一番難しいのは、個体差を見極めてコンディションに沿った下ゆでを行うこと。通常であればタマネギ、ニンジン、セロリ、月桂樹を使うところに、何か臭いが付いていればレモンも入れるなど、下処理の仕方を変えています。そして最終的にはやわらかさが均一に仕上がるよう、下ゆで時間もモツごとにそれぞれ変えて調整するんです。素材がひとつの点だとすれば、それをつないで線にするのが僕の仕事だと思っています」
下ゆでが終わると、塩、こしょう、白ワインを加えてじっくり煮込む。「臭みを相殺してくれるトマト煮と違って、白ワイン煮はごまかしがきかない。だからこそ、当たり前のことなのですが下処理は念入りに。何度も作って試行錯誤を重ね、バージョンアップを経た結果が今のこの形なんですよ」
フィレンツェにあるトラットリアを訪れた際、メリンガータというお菓子に感銘を受け、岡村さんは即座に「これを『パッキア』で出すにはどうすればよいか?」を考えた。
「初めて口にして食感の良さに驚きました。イタリアのお菓子は甘みだけを強調したものが多いなか、このお菓子にはメレンゲの食感という甘さ以外の魅力があったから」
日本人がおいしいと感じるには、メレンゲとアイスクリームの異なる食感、甘さとほろ苦さのバランスといった再現性がマストであると考え、注文後に速やかに仕上げられるよう、パーツごとに保存しておく方法を選択。余計なものは何ひとつないシンプルな見た目ながら、生クリームがメレンゲとアイスクリームを包み込み、口の中で点が線へとつながる。岡村さんの引き出しの多さを物語るひと皿だといえるだろう。
トラットリア ケ パッキア
TRATTORIA CHE PACCHIA
東京都港区麻布十番2-5-1マニヴィアビル 4F
03-6438-1185
● 18:00~翌1:00
● 日休
● 平均予算 8000円~
● 34席
田中英代=取材、文 林輝彦=撮影
text by Hanayo Tanaka photos by Teruhiko Hayashi