ベジタブルシェフの世界 エミール・ファン・デル・スターク よりよい世界への一歩としてプラントベースの料理を極める 25年6月号


ガストロノミーで年々重要性を増す野菜料理。本連載では、野菜に意欲的な飲食店を盛り立てる「We’re Smart®」の協力で、欧州の「ベジタブルシェフ」6人を紹介。初回はオランダのミシュラン二つ星シェフ。独創的なプラントベース料理と社会・環境課題の解決の融合を図る。

エミール・ファン・デル・スタークは、10歳の時、養豚場で排出されるアンモニアが環境に与える影響について学校でプレゼンし、クラスの皆を驚かせた。

そして今、彼は無理なく持続するフードシステム (訳注:生産、加工、流通、販売など、食べ物が生まれ、食べ手の口に入るまでの全てのプロセスを一つの繋がりとして表す概念。また、食にかかわる経済活動、雇用、政策、技術開発なども含むことがある)を作るべく、最前線で奮闘している。

気候変動、社会の不平等、人々の健康問題、生物多様性の危機。これらの課題を、私たちが食べるものを通して変えることができると考えているからだ。

肉や魚を超えるおいしさをプラントベースで生み出す

エミールが肉も魚もなしのクリスマスメニューを提供しはじめた11年前は、会計時に支払いを断る客もいた。けれども今や、彼の店は大盛況で、半年先まで予約で席が埋まる。

この変化は食への意識、プラントベースの料理への健全な関心が高まっている証とエミールは希望を抱く。 

ただし、プラントベースの料理が成功を収めるためには、真においしくなければならない。肉や魚の料理以上に、だ。この気づきが、エミールを突き動かす。彼は今、彼が言うところの「普通の植物」から全く普通ではない料理を生み出し、ゲストを魅了している。

「デ・ニューウェ・ウィンケル」では、全てが最高の極みである。エミールは最上の食材を集める。また、彼のチームは農業やプラントベースに関する幅広い、かつ従来の常識を破る専門知識をもっている。そして、創造性に溢れた料理。口にすれば、誰もがただただ衝撃を受けるはずだ。

エミール達が最上の食材を集められるのは、頼りになる生産者達がいるからこそ。自然と共生し、生物多様性を守ることに熱心な彼らは、デ・ニューウェ・ウィンケルの大切なパートナーなのだ。

ナッツ・パテ
ナッツ・パテとは、ローストしたナッツとキノコを豆乳クリーム、焙煎した酵母などと共にミキサーにかけ、カカオバターを加えたペースト。砂糖、味噌、ナツメグとブランデーで風味をつける。表面を覆う鮮やかな赤のグレーズはビーツをベースにクローブやジュニパーベリー、フェンネルシード、ローリエなどで香りをつけ、ベジタブルゼラチンと寒天を加えたもの。直方体に切り分けたパテを冷凍し、温めたグレーズをかけて冷やし固め、野の花を飾る。

志を同じくする生産者達は大切なパートナー

たとえば、農家のウーター・ファン・エックは、店の近くにあるヨーロッパ初のフードフォレスト(訳注:「食べられる森」。自然界を模して、各地の土壌や気候に適したさまざまな植物を植えて持続可能な生態系を築き、できるだけ人の手をかけずに食料の生産に繋げる試み。農業+林業からの造語で「アグロフォレストリー」と表現されることもある)「ケテルブローク」の創設者の1人でもある。

この森には450種もの食べられる植物が生育している。植物や農業への深い知見をもつウーターと出会ってから、エミールはさらなる大志を抱き、よりクリエイティブな料理を作るようになった。

また、かつてウィリアム三世の家庭菜園だった「デ・オミュウルデ・タイン(訳註:「壁に囲まれた庭」の意)」という農園では、主のエステル・カイラーが400種以上の野菜の有機栽培に取り組んでいる。なかには、もはや忘れ去られて絶滅寸前となっていたオランダ伝統野菜もあり、初めて口にするその味わいも、エミールたちに新たなひらめきをもたらす。

彼らからのバトンを受けたら、エミールとチームの出番だ。

野菜を収穫する。香りを嗅ぎ、味わう。そして、それぞれの食材を分析して最適な調理を導き出す。あるものは発酵させ、またあるものは熱を加えて火を通す。乾かすこともあれば、そこにまた水分を含ませることもある。時にはローストし、ソースやシロップをまとわせる。

デ・ニューウェ・ウィンケルのチームは、こうした幅広い調理技法を組み合わせて、揚げた肉や魚をも超える食べごたえと凝縮された風味を持つ野菜料理を生み出している。

ワインやビール、食品加工の専門家と協働

「最高の野菜料理人は、最高の肉料理人にもなれる」とエミールは言う。

独立前には、数々のレストランで伝統的なフランス料理の技を身につけた。そして今エミールは、その知識とテクニックのすべてを野菜に注ぎ込んでいる。

さらにデ・ニューウェ・ウィンケルでは、一流のチームがエミールと共にレストランを次のステップに進めようと研鑽を重ねる。

常に最高のナチュラルワインを探し求めているソムリエ、トビアス。ビアソムリエの世界大会にオランダ代表として出場し、世界4位を獲得したヒューバート。蒸留酒の醸造家であるロディは、スピリッツに関する知識を応用し、オリジナルのノンアルコールドリンクを開発している。

そして、料理部門のイノベーションを担うのが、フードテクノロジストのエルゼリンデだ。テストキッチンで思うがままにくり広げられる彼女の実験から、アーモンドの「チーズ」や、野菜の「シャルキュトリー」が生み出されてきた。しかし、「肉や魚の味に近づけたいとは思っていません」と彼女は言う。

目指すのは、唯一無二の味を生み出すこと。そして、食べた人がもっと優れたアイデアを見出すための刺激を与えるような料理だ。

ヒマワリの種の「リゾット」
ヒマワリの種を重曹水で茹でて緑色に変身させ、米に見立てた一皿。まず、この種とヒマワリオイルを挽き、緑のヒマワリオイルを作る。このオイルに豆乳クリームやマスタードなどを混ぜた緑のエマルジョンで、種を加熱したものが「リゾット」だ。皿に盛り、3色のクリーム(上記のエマルジョン、黒ニンニクのクリーム、煮詰めた白ワインとニンニクオイル、ホウレン草などで作る濃い緑のピュレ)を流す。マスタードと野生のニンニクの花をトッピング。

未来を変えるために、レストランの頂点を目指す

ガストロノミーの頂点を極めようとする、彼らの固い決意を妨げるものはない。この数年は店の評価も高まる一方だ。エミールはこの成功を、より多くの人々に自己の信念を訴えかけ、変化をもたらす機会と捉えている。

「このままでは、どう考えても地球の資源は枯渇に向かう。でも、我々の手で未来を変えることもできるはずです。デ・ニューウェ・ウィンケルでは、肉や魚、ロブスター、キャビア、フォアグラ、トリュフといった伝統的な高級食材を使わずに、ありふれた植物を魅惑的な一皿に変身させています。これは、おいしいだけでなく、サステナブルで原価も抑えることができるレストランのあり方です」とエミールは言う。そのぶん、エミールは店の仲間や取引先、イノベーションに投資を振り向けている。

そう、彼らにとってベジタブル・ガストロノミーとは、皿の上だけで終わる取り組みではない。それは、よりよい世界をつくる新たな一歩なのだ。

Emile van der Staak  エミール・ファン・デル・スターク
ベジタリアンの母のもとで育ち、料理人に。名門ホテルやレストランでフランス料理を習得。2012年「デ・ニューウェ・ウィンケル」を開業。19年、14世紀築の元修道院である現店舗へ移転。21年ミシュラン一つ星とグリーンスター、22年二つ星。

We’re Smart®はベルギー発、野菜料理で未来を拓く活動。HPでは野菜料理が得意な世界1356店を紹介し、アワードも。ここでは『Radilicious』(同会が推すシェフ20人を掲載する書籍)より各回1名を抜粋・抄訳する。

original text: Frank Fol, Mieke De Vylder  summary translation: Ryoko Sakane
photo: Wim Demessemaekers

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