海外の有識者は今後をどう予測する?アフターコロナの新しい地図


本記事は、5月7日(木)発売の料理王国6・7月合併号緊急特集「コロナ時代の食の世界で新しい「ものさし」を探しに。」に掲載中の記事から、現在の状況を鑑みて特別に公開するものです。

海外の有識者は今後をどう予測する?

「 THE COVID-19 VIRTUAL STRATEGY SUMMIT for Food&Restaurant」が提示したアフターコロナの新しい地図

日本時間の4月7日(月)午前1時、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によって変化を余儀なくされた食とレストラン業界の今後の戦略を模索する、「THE COVID-19 VIRTUAL STRATEGY SUMMIT for Food&Restaurant」が開催された。主催は、アメリカにてフードテック関連のニュースを発信する「The Spoon」。折しも、欧米各都市では感染症対策によるロックダウンの最中。シェフやフードロス解決に取り組む起業家など、食の未来を描くキーパーソンたちがオンライン上に集まり、現状の課題点、そしてこれからについてディスカッション。開催された計9つのセッションの中から、3つを紹介する。日本より先にコロナ禍が深刻化した彼らの経験や観点は、ウィズコロナ、アフターコロナの日本の食を考える上で大きなヒントになるはずだ。

レストランとCOVID-19による危機について

(左)Chef Mark Brand マーク・ブランド
北米の社会起業家。運営する慈善団体「A Better Life Foundation」を母体に、社会的に困難な状況にある人たちへ安心安全でおいしい食事を安定的に提供・供給するプログラムを展開。Food Sovereignty(食糧主権)に重点を置き、就職や健康、選択肢の増加につながる根本的な支援を行なう。
(右)Robert Egger ロバート・エッガー
ホームレスに向けて調理に特化した職業訓練を行なう非営利団体「D.C.セントラルキッチン」の創設をはじめ、社会的課題を食で解決することを目指した数々のソーシャルビジネスを展開。のべ4,000万食以上を生産するとともに、2000人以上の就職を支援してきた。

コロナ後は、「食の価値」が大きく変化。キーワードは「ローカル」と「ヘルス」。

 食を通して社会的弱者をバックアップするシェフであり、社会企業家のMark Brandと、やはり社会的課題を食で解決するソーシャルビジネスを展開するRobert Eggerによるセッション。両社共に社会問題に深くコネクトしているだけに、コロナ禍によって起きているグローバルなフードロスの問題から身近なファーマーズマーケットの話まで、マクロとミクロな話がパラレルで展開した。

 セッションの冒頭でBrand氏は、「レストランの経営や現状については、大変な時期で明るい未来を語れるわけではないが、社会の仕組みを新しくデザインし直す良い機会だと捉えている」と述べた。さらに、大量の食材、多くの労働者、レストランの課題解決のためには、セントラルキッチンのような、たくさんの食材が集まり、労働力を使って、高い栄養価の食事を作り、人々に供給するレストランが果す役割が大きいはずとし、「これまでの個々の考えに基づく方法よりも、コントロールタワーが全体を見ながら、セントラルキッチンを活用しつつ、様々なチャネルで高い品質の食料を提供できる新しい仕組みに、可能性があるのではないか。サプライチェーン全体の回し方を理解している人間が、一定期間、レストランを中心として、個々の関係者を巻き込んだ大きなシステムを回すことが解決策の一つだと考えている」と語った。

 一方、Egger氏は、「サプライヤーとしての地元農家、企業を大切にすべき。全国的な大規模サプライヤーの問題点は、「地元にお金が落ちない」こと。経済を回すという意味では、様々な種類のお金が地元で回るシステムに組み直すことも目的のひとつになる」と、今回のコロナ禍においては、ますますローカルに目を向けるべきではと主張。その上で、「地方の行政は、地元の生産者のサポートをどこまでバックアップできるか力量が問われるとき。しかし、大切なのは、まず、生産者が倒れないようにすること。そのためにも、その他の産業で余った人手を活用するという手もある」と述べた。さらに、「課題解決する際には、生産者、供給者、消費者それぞれの立場で考えたシステムの再構築が必要。そのためには、政府や関係者がどの程度の元手やリソースを持っているかなどを、オープンに出し合い、どの立場の人も利益が釣り合うようにするのもポイントだ。まだまだ、新しいビジネスモデルの余地は残されている。地元の農家、その次の工程で働く人、届けられる人、すべての人を大切にできる方法が良い」とし、具体的にレストランが復活する方法を挙げた。「この機会にメニューやサービスを再考すること。私は、シニア向けの食事にチャンスがあると考えている。アメリカの飲食店は、量がたくさんあることが重要だったけれど、適切な量でコストを下げる方向にシフトしていけば良い。見た目も良く、安くて健康に良いもの、おいしいものを」と、健康的な食生活へのシフトを訴えた。

コロナ後の「食の価値」が健康へ傾く点については、Brand氏も同意。「一人ひとりが食事から得られる「健康」について学ぶ機会も増えるだろうし、増やさなければならない。特にアメリカ人は、「口から入る食事が体と健康を作る」という基本に立ち返る必要がある。オンラインの無料クッキングクラスで作り方を知れば、自分で作れるようにもなる」と述べ、今後人々の行動や意識が変わることを期待していた。

COVID-19が与える影響についての食料システムをグローバルな観点から

(左)Michael Wolf マイケル・ウルフ
「The Spoon」の発行人としてフードテックにまつわる分析やニュースを提供。2015年には、フード・道具/設備・リテール・ITの各セクターが一団となって食の未来を描くフード&テクノロジーカンファレンス「Smart Kitchen Summit」を立ち上げ、業界に大きな影響を与えた。
(右)Sara Roversi サラ・ロヴェルシ
フードエコシステムとセキュリティプログラムのオピニオンリーダーであり、起業家。イタリアを拠点とする非営利団体「Future Food Institute」の創設者兼ディレクターとしてフードイノベーションを推進。教育とイノベーションを通してサステナビリティを追求する。

「食べること」は社会的活動の根幹。その役割がいっそう明確に。

 今回のカンファレンスを主催するメディア「The Spoon」発行人のMichael Wolf氏と、イタリアを拠点に活躍するフードイノベーター、 Sara Roversi氏によるセッションは、サミットのオープニングを飾った。まず、Wolf氏がCOVID-19の感染拡大以降、多くのレストランがデリバリーの導入を始めた現状について触れた上で、NYのセレブリティシェフMarcus Samuelsson氏(レストラン経営以外にも、 WEF(世界経済協議会)の「Global Leaders for Tomorrow」に選出されたり、料理番組に出演するなど幅広く活躍)の言葉を紹介した。「彼いわく、レストランがなくなることは、レストランだけの問題ではない。すべてのスモール・ビジネスがなくなるということ。床屋も街角のデリも、みんな消えてしまうというこだと。その通り、「FOOD」とは、「食べる」という単純な行為ではなく、社会の根幹であり、すべて社会活動に関わっていると思う」と述べた。Roversi氏は、公共機関の食事の場が閉じられているため、原材料を消費する場が連鎖的に減ってしまい、1次産業で大量の収穫物が行き場をなくしていることを憂慮。この1、2年の間は、まずレストランで働く人、農場などで働く人たちの職の確保と同時に、原材料としての食の確保という二つの課題が出てくると指摘。不足する物や資源については「Create Shared Value」の考え方をもち、食材を無駄にせず、計画的にバランスの良い食事をとることの重要性を訴えた。

COVID-19 による食文化への影響

(左)Michael Wolf マイケル・ウルフ
(右)Paul Freedman ポール・フリードマン

米イェール大学の歴史学教授。中世の社会史、農民の比較研究、料理の歴史を専門とする。世界各地の歴史家によるエッセイを取り上げ先史時代から現在までの味覚の歴史を辿った「Food: The History of Taste」は2008年国際料理専門家協会cookbook award レファレンス&テクニカル部門 を受賞。

今の飲食店の状況は禁酒法時代のよう。歴史的に食文化の転換期にある。

 このセッションでは、中世~近代のアメリカの食文化について教鞭をとるイエール大学教授のPaul Freedman氏が登場。多くのメディアが、今回のパンデミックがもたらした状況を、2008年のリーマンショックと比較しているが、Freedman氏は、飲食店や食文化にもたらす影響に相似する歴史的なできごととして、アメリカの禁酒法時代を取り上げて解説。「禁酒法によって外食文化が途絶え、飲食店や食文化そのものの衰退だけではなく、アルコールを提供する高級飲食店が、中流階級向けの食堂やカフェなどのカジュアルな低価格形態に転換した」と食文化の変遷について述べた。

また、今後期待することは、「シェフや飲食店の価値やシステムの変換、消費者教育の機会の創出」とし、「パンデミックによって、ベジタリアンやヴィーガン、デリバリーといったジャンルや、ロックダウンを通して自宅で料理をする文化が、どこまで根付くかも興味深い。料理をする機会が増えたことで、ロックダウンの緩和後も料理をすることへの考えが変わり、緩やかに自炊に回帰していくのでは」と予測した。さらに、これから影響力を持つシェフとして「食の安全に向き合うシェフ」を挙げつつ、「今後は、アイアンシェフではなく、実利的な調理法を伝えるインフルエンサーによる3分間のインスタグラム投稿がもてはやされるのかもしれない」と締めくくった。

セッションを終えて。Mark Brand氏とMichael Wolf氏に聞いたこれからのこと。

From Mark Brand
このような危機をどうナビゲートしたらいいのか、冷静に考えています。行政などから守られていることも特になく、飲食業界の状況やニーズを意識せず政府が頻繁にポリシーを変えたりするため、常にそれに応えなければならない現場にいるのがシェフという人たち。お金になるからやっているわけではないんですよね。飲食店で働いている人間って、純粋に食が好き。そして、足を運んでいただくお客様と一緒に人生を楽しめることが、僕らの喜びの源です。そんな食の世界だからこそ、今は前例のない形で、世界中の人々から最も必要とされているシステムを作れる素晴らしい機会だと捉えています。

From Michael Wolf
COVID-19の感染拡大によるグローバルな危機の中で、飲食関係者は特に大きな被害を受けています。その一方、フード・システム全体のプレイヤーの協力的な姿勢やクリエイティビティを目の当たりにして、私たち「The Spoon」も非常にインスパイアされています。「Smart Kitchen Summit Japan」を形にしたひとりとして、日本にとって「食」というものが文化的にも経済的にも重要な存在であることは、ひしひしと感じています。日本の食に携わっている方たちのクリエイティビティもきっとこれから大きな役割を果たすでしょう。食や飲食業界にイノベーションを起こし、新しい指針へ導いてくれると信じています。


text 浅井直子 翻訳協力 海渡千佳、菊谷なつき、Justin Potts

本記事は料理王国2020年6・7月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 2020年6・7月号当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


SNSでフォローする