成田一世流!「独立」を成功させるには?


「独立」を「成功」させるには

スピード、技術とセンス、統率力を身に付けたらゲストを非日常へといざなう場所を厳選する。

いつ独立したらいいのか――。独立をめざす人にとって、この見極めは簡単ではない。職場では技術的なことから経営まで、その気になればさまざまなことを学べるが、「いつ独立すべきか」までは誰も教えてくれない。独立の時期については、あくまでも自分の意志と判断で決めなければならない。

独立に向けてすべきことは、自分自身の「価値」を高めるために、仕事のスピードを上げて技術やセンスを磨くこと。また、指導的立場でひとつのセクションをまとめ上げる訓練も欠かせない。最初は小さなセクションのリーダーから始まり、やがて、すべてのセクションに責任を持つスーシェフやシェフになる。それから独立するのが、理想的なカタチではないだろうか。

具体的に独立を考えている人は、今一度、自分の価値について考えてみてほしい。仮に、「ここが足りない」という弱点に気付いたら、そこを補強してから独立するのが賢明だろう。現在、働いている店でのポジションやシェフやスタッフからの信頼度、さらにお客さまからの評価などを総合すれば、自動的に自分の価値が判断できるはずだ。

一方、修業を始めたばかりの若い人たちには、できるだけ大きな組織で働くことをすすめたい。料理人には、高度な技術を駆使してスピーディ、かつ、均一なクオリティで料理を仕上げることが求められる。小さな店でも、こうした修業は可能だが、組織が小さいと自分の習得した技術を人に教える機会になかなか恵まれない。しかし、自分の経験を人に伝えて、自分と同じ技術レベルの人材を養成することが独立後には不可欠となる。組織が大きければ、小さなセクションから大きなセクションの責任者へ、段階を踏んで成長することもできる。スタッフからリスペクトされ、一緒に責任ある仕事をこなしていくうちに、気付けばスーシェフになっていることだろう。

ただし、競争の激しい大組織でスーシェフになれたとしても、その後はもっと多忙で過酷な日々が待っていることを覚悟しておかなければならない。たとえば、シェフを味で納得させるのもスーシェフの務め。それは重責にも思えるが、見方を変えれば、何千何万という味の「試験」や「実験」ができることを意味している。そして、ある時、気付くはずだ。「単にシェフを満足させるために試験や実験を重ねているのではない。シェフ、イコールお客さまでもあるのだから、これは、将来を見据えてお客さまの味の方向性を見定めるうえで大切な作業なのだ」と――。シェフのクリエイティビティと、自分を含むスタッフのテクニックとリスペクトがひとつになって生まれた素晴らしいひと皿に、きっとあなたは、自分の実力を確信することだろう。

自分で自分を認めることができたら、次はゲストに評価を委ねてみることだ。たとえば、シェフが不在の時でも、シェフのソワニエを満足させられれば、それもまた独立への後押しになる。あるいは視点を変えて、コンクールに参加してみてもいい。最近は、独立前の若い人を対象とするコンクールも開催されているので、そこで好成績を残すことは、ステップアップにつながるだろう。

また幸運にも、あなたの実力を評価する資本家が現れて、独立への道が開ける可能性もある。実力あるシェフを求めているオーナーは世界中にいて、彼らに自分の価値を見出してもらうことは独立への近道だ。どうしてもオーナーシェフになりたいという人もいるだろうが、一度資本家と組んで店を出し、本当にオーナーシェフとしてやっていけるかを見極める機会にしてもいいのではないだろうか。

いよいよ機が熟し、「独立」となった時、アドバイスしたいことがもうひとつある。

私がある店のスーシェフだった頃、オーナーシェフとこんな会話を交わしたことがあった。彼から、「レストランを成功させる秘訣は何だと思う?」という質問を投げかけてきたのだ。私が「オリジナリティに富んだ料理ではないでしょうか」と答えると、「違うよ、場所選びだよ」と言い、さらに質問を続けるシェフ。「じゃあ、次に必要なのは何だと思う?」。「人材ですか……」と私。これに対して、またしても「いいや、場所だよ」と繰り返し、話はまだ終わらない。「それじゃあ、次は何だと思う?」。「資金調達でしょうか……」と答える私に、さらにシェフは畳みかける。「違うよ、場所選びだよ」。これにより、自分が求める理想のビジネススタイルに自身の生産性も含めた価値さえあれば、あとは場所選びのほうに重きが置かれるようになった。

今までの自分の経験の中にしっかりとしたスキルやクリエイティビティがあれば、厨房設備のレイアウトや店のテーブルの位置、セッティングは自然に決まってくることが多い。もし自分が技術もクリエイティビティも兼ね備え、自信を持ってお店を開けたいと思うのであれば、すべては場所選びにかかってくると思って間違いない。レストランに行くというのは、非日常のことだから、たとえば、パリの「ランブロワジー」「ルドワイヤン」などのように非日常を感じさせるオリジナルなシチュエーションを選ぶべきだ。

また、場所という概念には、その店の入口のイメージも含まれる。都心には共同ビルの中にある店も多く、そうなると共同ビルの入口がレストランの入口となり、お客さまがそこに日常と非日常の境を認識するのは難しいかもしれない。入口の雰囲気がどれほど大切かは、高級ホテルに入る時の感覚をイメージすればわかる。ドアマンにいざなわれてホテルに足を踏み入れる、あの高揚感だ。

私が伝えたいことをまとめると、独立に大切なのは、まず、自他ともに認める実力を付けること。それが達成できた人は、場所選びがもっとも大切だと考えている。

もうひとつ、現在は「人材不足」という問題もある。だが、これについては、大きな組織で働いた経験があれば、その過程をスタッフに伝えて理解してもらい、同じように指導していけば、自分と同じ技術者に育て上げることはさほど難しい話ではないと思っている。

ただし、それにはスタッフの将来を見据えた指導が必要だろう。私のもとで働くスタッフは、仕事を厳しく、つらいものと受け止めている人も少なくない。しかし、つらいというのは、できないことをできるようになるプロセスであり、それができるようになった時には次のステージに上がれる権利を持つことになる。ただ、次のステージに上がった時には、またつらいと思うだろう。もう一段階上のプロセスが待っている。仕事とはそういうものだ。店を開けるということは、誰にも真似できない自分の価値を提案するということなのではないだろうか。

NARITA WORD

価値
料理人としての価値は、クリエイティビティとテクニックを駆使して、スピーディにクオリティの一定した料理を作れるかどうかで決まる。

ソワニエ
世界中のグランメゾンの料理に精通した人で、レストランやシェフにとって最上級のお客さま。

仕事終わりにスタッフと撮った1枚。強い達成感があるから、つらい仕事が終わったあとでもこの笑顔になれる。

KAZUTOSHI NARITA
1967年、青森県生まれ。高校時代はスキー部とボート部で活躍するスポーツ少年だったが、卒業後はシェフパティシエの道へ。1999年に渡仏。一ツ星店「ステラ・マリス」、三ツ星店「エノテカ・ピンキオーリ」「ピエール・エルメ・パリ」などの名店で腕を磨く。NYの「ラトリエ・ドゥ・ジョ
エル・ロブション」時代の2007年に、パンとデザート部門でBest of New York に選ばれる。17年には、「アジアのベストレストラン50」の「アジアのベストパティシエ賞」を獲得。現在、「エスキス」「アジル」「エスキスサンク」のシェフパティシエとして活躍中。

本記事は雑誌料理王国282号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は282号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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