2016年6月に東京・乃木坂でオープンした「乃木坂 しん」は、飛田泰秀さんと石田伸二さんが共同経営する日本料理店。同年に「ミシュランガイド東京」で一ツ星を獲得し、さらにその人気を高めている。
「乃木坂 しん」開業まで、ふたりでどのように開業を進めてきたのか、オープン後の役割分担はどうだったかなど、詳しく伺った。
飛田さん(以下、飛):「乃木坂しん」が出店に至ったきっかけは、僕が思い描く夢に石田さんが賛同してくれたことでした。
石田さん(以下、石):パリでともに働いていた時代、料理人やサービスマンの社会的地位を向上させたい、飲食業を一生就ける職業にしたいという夢を聞いて、一緒に目指したいと思える夢だと感じたんです。
飛:開業準備は働きながら。主に資金関係は僕、厨房関係は石田さんと、ざっくりと担当を分けました。休みの日に不動産屋を回ったり、就業後にコンセプト立案や事業計画書作成など、細かい作業を進めましたね。
石:役割分担はしましたが、情報交換は必ずしようと。ひとりで突っ走ってしまうと、せっかくふたりで決めたことがブレてしまう。その確認のために、何かを判断するときはふたりで決めるようにしましたね。
飛:働きながらの開業準備でしたので、思った以上に物件が出てこず、このまま見つからなければ独立のモチベーションも下がるのではと、退職日を先に決めました。これはもう、背水の陣で挑むしかないなと(笑)。
石:前職の主人と話し合い、退職日を4月と決めていただいた2週間後に物件が出てきたのは、タイミングがよかったですね。
飛:開業前は、さまざまな方に楽しんでもらうことを考え、昼の営業を行ったり、カウンター席や個室を用意したりと、幅広いシチュエーションを取り込めるように考えました。
石:乃木坂は初めての土地。なのでお客さまがはっきりと見え、料理の方向性が固まるまで1年かかりました。雇われているときは“主人の味”を作っていましたが、独立したのだから、僕の味を提供していきたい。それが来店していただけるお客さまに合致しているか、ブレはないかなど、お客さまと話をして、固めていったかたちです。
飛:コース内容は月1回変わり、毎月石田さんが献立を考え、意見を交わします。コースの枠組みができたら、試食して細かな部分の修正を加えていく流れです。
石:料理を考えるとき、ドリンクとの相性は考えません。ドリンクは飛田さんを信頼して任せているので、僕は料理に集中させてもらっています。
飛:だいたい献立の提案から完成までは、1週間から日ほど。僕はその間にペアリングを考えます。ひとりより複数人の意見が合ったほうが精度は上がるので、スタッフの意見を取り入れることも多いですね。
石:正直、意見がぶつかることもあります。そういうときは、とことん話し合い解決するようにしています。
飛:僕は思っていることを全部話すようにしていて。ふたりで店を運営する以上は、風通しのいい環境をつくらないと、お客さまにもいいものを提供できなくなってしまいますので。
飛:将来的には、飲食業界の労働環境や悪いイメージをクリアにして、誇れる職業にするのが夢です。「乃木坂しん」がその見本となるようにしていきたいですね。
石:僕は「乃木坂しん」にずっと立つつもりですが、会社としてはこの店をフラッグシップとして、マルチ展開ができればいいなと思いますね。
徳島産の鯛を昆布締めにし、皮を藁で燻した「鯛のたたき」。ワサビと塩を合わせたものを皮にのせ、すだちをかけて食べる。合わせるワインはブルゴーニュの白ワイン「アリス・エ・オリヴィエ・ド・ムール」。
伝統を守りつつ、現代に即した調理法、食材を柔軟に取り入れた日本料理を提供。奇をてらわず、旬をとらえたコースの仕立てが身上だ。食材は築地市場と、石田さんの出身地である徳島から届く魚介を使用。昼は7品〜の2コースと、夜は9〜10品の3コースを用意する。献立は石田さんが考え、飛田さんと意見交換をして完成させていく。
ひと言でペアリングと言えど、料理×ドリンクだけでなく、お客さま×店の相性を高める必要もあることから、無理なペアリング提案はしない。ひと皿に対し相性のよい1杯は考えておくが、お客さまが飲みたいものを察し、そこから最適な1杯を見立てる。こうしたニーズを汲み取るペアリング提案が、ファンを掴む要素になっている。
Shinji Ishida
1976年徳島県生まれ。調理師専門学校卒業後、徳島の日本料理店で15年、銀座の星付き日本料理店の料理長を2年務める。その後、パリ店の副料理長などを経て、2016年に飛田さんと独立する。
Yasuhide Tobita
1974年東京都生まれ。都内の星付きフランス料理店などで支配人を務めたのち、日本料理のサービスに転身。銀座の星付き日本料理店の支配人兼ソムリエを経て、同店のパリ店を立ち上げる。帰国後、同僚の石田さんと「乃木坂 しん」を開業。
虻川実花=取材、文 小寺 恵、中西一朗(内観)=撮影
本記事は雑誌料理王国280号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は280号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。