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成田一世流!「ビジネスモデル」を的確にイメージする


独立開業時に不可欠なリスクヘッジのためにパンも作れるパティシエをめざそう。

いつかは自分の思い描くオリジナリティーに富んだ料理やデセールでゲストをもてなしたい――。そんな思いで多くの料理人は独立開業をめざす。しかし、現実は厳しく、起業2年以内に閉店に追い込まれる飲食店は約5割とも言われている。修業期間も決して楽ではないが、本当の正念場は独立開業してからで、リスクヘッジがいかに大切かは言うまでもないだろう。

厳しい時代を生き抜くために必要なことは、ビジネスモデルをきちんと考えておくことだ。ひと口に独立開業といっても、店のコンセプトや規模、価格帯などの違いからさまざまなケースが考えられる。ビジネスモデルというと曖昧な印象を与えるかもしれないが、その指標のひとつとなるものに厨房の作り方がある。厨房のイメージを明確にすることで自分の展開したい店、つまりビジネスモデルがはっきりする。

「エスキス」「アジル」「エスキス サンク」の厨房はどうなっているかというと、それぞれの店にキッチンはあるものの、パンやお菓子、デセールなどの仕込みや調理は、店とは別のところにあるセントラルキッチンで行っている。だから、たとえば「エスキス サンク」のキッチンやカウンターで行っているのは、仕上げの調理と盛り付けだけだ。

「セントラルキッチンなんて、自分がイメージする店には必要ない」と言う人もいるだろう。だが、セントラルキッチンを作ることで家賃を抑えることもできる。多店舗展開を考える場合は、家賃が高い場所に店を広く借りるより、家賃の安い場所にセントラルキッチンを作ることでコストが抑えられる。ひとつひとつの店を小さくして、できるだけ坪効率を高めるのだ。独立前から、家賃はもちろん、原価率や人件費などを把握して、コスト計算ができるようにしておくことも大切だ。

私の場合、最初からセントラルキッチンの機能をすべて揃えてスタートしたわけではない。リスクを最小限にするため、60坪ほどあるキッチンスペースを4分割して、4分の1ずつ機能を充実させていったのだ。最初に考えるべきはオーブンの大きさ。私は最初から他店舗の展開を考えていたので大型を選んだが、オーブンは焼ける量や焼くのにかかる時間が決まっているため、自分の力量に合わせて、慎重に選ぶべきだ。ただし、大きいといっても横幅は小さいものとほぼ同じなので、最初は1段だけ購入して、仕事が増えてきたら2段、3段と増やしていくこともできる。ミキサーも必要に応じて小さいものから大きいものに買い替えていく。ラミノワ(生地を延ばす機械)やパイローラーなどは中古でも構わない。また最初はストックするものも少ないので、パン生地を寝かせるBread ProofingBoxや冷蔵庫なども徐々に増やしていけばいいだろう。

常に価値のある仕事をするように心掛けていれば、デパートのお菓子フェアなど、さまざまなところから声が掛かるようになる。レストランで出すデセールやお菓子、パンの準備をしつつ、フェアに出すお菓子も作らなければならなかったため、この間、私はほとんど寝ずに働いたが、フェアは短期間で利益を得るチャンスであると同時に宣伝効果も期待できる。上手に活用すれば、新しい機械を購
入するための資金も得られる。

新しい機械を購入したことで、利益が出るようになり、さらにフェアに参加して利益が増え、次なる機械を購入する。一方、店の規模が拡大すると、スタッフの人数も増やせる。

最初から無理せず、このように少しずつ設備や人材を充実していくことで、自分がイメージする最終形へと近づけていくことだ。

独立開業に当たってはキッチンだけでなく、フロアやそれ以外の設備にも資金を投じなければならない。それをひとりで背負うのではなく、料理人やソムリエ、パティシエなどが組んで、負荷分散するのもひとつの方法だろう。ただし、ひとりが最大限の力を発揮すべきなので、パティシエとしては、お菓子もパンも両方できるようにしておくべきだと私は考えている。「お菓子しかできない」「パ
ンしかできない」と言っていたら、レストランは、そのためにスタッフを2人雇わなければならないし、またはパンを外から購入するしかない。その非効率に私は早くから気付いていたので、若い頃はブーランジェリー(パン屋)とパティスリー(洋菓子店)の両方のテクニックを学びたいと思ったが、日本ではほとんどの場合、両者は分かれていた。

随分本も参考にしたが、本で学ぶには限界がある。実際にヨーロッパの三ツ星店で働かないとクリエイティビティが身に付かないと思って渡仏し、数々の名店で働いた。その際、多くのシェフから必要としていたスキルを学ぶことができたのは幸運だったと思う。

フランスにいた時には、「ラデュレ」や「フォション」のように、ブーランジェリーとパティスリーが一緒になっているようなお店にとても魅力を感じた。フランス人は朝食にパンを食べて、お菓子は午後に楽しんだり、イベントで使ったりすることが多い。だから店もそれに合わせて、朝からパンを作って午前中に売り、午後にはお菓子を売るようにしているのだ。そこで私は、ブーランジェリーとパティスリーは機材こそ同じだが、スケジューリングの仕方が違うことに気付いた。「毎日の食事の中に必要なパンを売りながら、イベントの時に使えるようなお菓子を用意できれば、1年を通じてビジネスになる」と学んだ。

新店オープン後の一番のリスクは商品が売れないこと、お客さまが入らないこと。だからリスクヘッジには、お客さまが買ってくれるチャンスを増やすことも大事だ。そのためにも、ひとつのお店でパンとお菓子の両方を売る必要がある。お客さまの中には、「パンなら毎日食べてもいい」と言う人もいるだろう。だが、お菓子となるとそうはいかない。誰かの誕生日だったり、来客用だったり、お土産用だったり、イベント性が強いのだ。それなら常時需要のあるパン屋なら儲かるかというと、お菓子に比べてパンは単価が低い。

そこで、現在、パティシエの修業中という人は、リスクを減らすためにパンとお菓子の両方ができるように努力してみてはどうだろうか。ただし、ブーランジェリーとパティスリーでは、同じものでもレシピが異なる場合があるので、両方の技術と経験を持つひとりのシェフから学んだほうがよい。そのほうがレシピに矛盾が生じないし、理解不足も減り、パンとお菓子の作り方がコネクトして理解で
きるようになるからだ。

また最近では、お菓子の甘味の代わりに、ヴィエノワズリー(パイ生地の甘い菓子系のパン)に甘味を求めて購入する人が増えている。そのほうが安価だからで、日本のマーケットは全体的に安い方向に流れる傾向にある。こうした傾向が続くとは考えたくないが、お菓子だけでなくパンの技術も備えておけば、市場を見ながら変動にも対応できるだろう。

多くのジャンルで専門化や細分化が進み、それは料理の世界も例外ではないが、若きパティシエの卵たちには、お菓子やパンだけでなく、チョコレートなど、幅広く貪欲に知識や技術を身に付けていってほしいと思う。そうしたリスクヘッジが、結局は自分を成功へと導いてくれることになるのだから――。

独立開業にはもうひとつ重要な「クリエイティビティ」という課題があるが、それについては次回に。

パプアニューギニアの首都から、プロレラ機や小舟を乗り継いで向かう小さな島。その島民たちに、カカオの栽培から収穫、発酵や乾燥作業を委託している。現地の人たちと島を巡り、時には自ら作業も楽んで、納得のいくチョコレート作りをめざす。

KAZUTOSHI NARITA
1967年、青森県生まれ。高校時代はスキー部とボート部で活躍するスポーツ少年だったが、卒業後はシェフパティシエの道へ。1999年に渡仏。一ツ星店「ステラ・マリス」、三ツ星店「エノテカ・ピンキオーリ」「ピエール・エルメ・パリ」などの名店で腕を磨く。NYの「ラトリエ・ドゥ・ジョエル・ロブション」時代の2007年に、パンとデザート部門でBest of New York に選ばれる。17年には、「アジアのベストレストラン50」の「アジアのベストパティシエ賞」を獲得。現在、「エスキス」「アジル」「エスキス サンク」のシェフパティシエとして活躍中。

ESqUISSE CINq
エスキス サンク

東京都中央区銀座5-2-1 東急プラザ銀座4F
☎03-5537-7477
●11:00~21:00(20:15LO)
●不定休
●ミニマムチャージ1人2000円
●18席
www.esquissecinq.com

本記事は雑誌料理王国286号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は286号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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