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成田一世流!料理の世界の「美しさ」とは?


自分が美しいと感じたら、その理由を徹底的に分析しよう。そうすることでゲストの求める美の世界が見えてくる。

あなたは、どのような料理人になりたいのだろうか。「腕の立つ料理人」「高収入を得られる人」――、人によってめざす方向は違うだろう。若い料理人がその目的に近づくためのヒントになればと、これまで私は「おいしさ」について強調してきた。なかには、「もう聞き飽きた」という人がいるかもしれないが、大切なことなので、このテーマにもう少し付き合っていただきたい。

おいしさの追求は大きくふたつに分かれる。「すでにおいしいとされているものを作る」か「今までにないおいしさを作る」かである。ある程度お金を儲けて、楽しく暮らせればいいというのであれば、すでにおいしいと言われているものを探して、それを通常より若干安い値段で提供すれば、ビジネスとして成り立つだろう。

だが、今までにないものを新しく作り出して、それをおいしいと言わせたいのであれば、方法は違ってくる。今まで私が書いてきたおいしさに対する考え方を参考に、それに「美しさ」や「楽しさ」を付け加え、トータルでおいしさを感じさせる必要があるだろう。そこで、今号では「美しさ」について触れてみようと思う。

「美しさ」とは、ゲストへの視覚的アプローチで、これを成功させるには、お客さまがどこに美しさを感じるかを検証する必要がある。皿の上の色、線、デザインはもちろん、皿が置かれるテーブルの広さ、高さ、テーブルクロス、カトラリー、イス、ライト、装飾品、窓越しに見える風景まで、美を構成する要素は無限にある。これらを丹念に検証し、何を「美しい」としてお客さまをもてなすのかを明確にし、それがお客さまにうまく伝われば、「美しいという印象」を残すことができるはずだ。そうなった時のあなたは、美しさの価値を理解して、バランスのよい表現のできる料理人になっていることだろう。

ただし、「美しさ」はひと通りではない。人気のテーマパークと歴史的建造物を比べるとわかりやすいだろう。たとえば、最近ではテーマパークも非常に美しく作られている。非現実的な世界だが、料理でそのような架空の美しさや驚きを表現するのもひとつの方法ではあると思う。だが、そこには支柱となる歴史や文化がないため、すぐに飽きられたり忘れ去られたりすることも、覚悟しておかなければならない。

これに対して、ベルサイユ宮殿のような歴史的建造物はどうだろう。その美しさが飽きられることはないし、むしろ時を経るにしたがって重厚さを増して美しい光を放つ――。

どうせなら料理でも、張りぼてではない、ベルサイユ宮殿のような美しさをめざしたいものだ。ベルサイユ宮殿のような美しさを料理に取り入れるには、単に伝統を継承するだけでは不十分で、現代のニーズや時代に即した要素も取り入れていかなくてはならないだろう。その際、必要となるのが、全体のバランスを整えるためのセンスだ。

ではセンスはどのように養われるのだろうか。ひとことで言えば、まずはシェフに求められた仕事を忠実に再現すること。忠実に再現することから始め、そのうちに少しずつ気付きがあり、やがて美しさも含めて総合的な判断ができるようになれば、結果、お客さまから「美しい」という評価が受けられるようになるのではないだろうか。

私が働いた店のシェフは、折りたたんだ洗濯物からパソコンまで、5ミリの狂いもなく定位置に起き、すべてのものを常に整理整頓しておくことをきつくスタッフに命じた。その中で育った私は、センスを磨くということは、まず自分を整え、生活を正すことから始まるのだと身を持って知った。さらに、すべての物事に対してよく考えて答えを出し、理路整然と行動することが基本だと悟った。

私は今、自分のスタッフに対しても、常に自分を正すようアドバイスしている。たとえば、誰にも好きなものがある。それをただ感覚的に好きと判断するのではなく、「なぜ好きなのか」をよく考えることだ。考える習慣を付けることで、やがて自分だけでなく、お客さまの嗜好も見えてくる。同様に自分が美しいと感じるものがあれば、なぜそれが美しく見えるのかについてもよく考えること。そうすることで、お客さまに対して、何をどのようにして美しく見せたいか、という方法が導き出され、それがクリエーションに結びつくのではないか、と思う。

現代社会では、美しさが多様化しているために、難しさはある。象徴的な例に、ドレスコードの変化が挙げられるだろう。有名ブランドの作り出すカジュアルウエアが、ドレスコードをあいまいなものにしているようだ。Tシャツやデニムは、本来のドレスコードからするともちろんNGなのだが、有名ブランドのロゴが入ったTシャツやデニムに関してはNGにできないケースもあるだろう。

また、従来のようなドレスコードは現代にはそぐわず、特に日本ではフォーマルな装いでレストランに行く習慣が根付いていないため、最近はフランス料理の世界でも、テーブルクロスが取り除かれ、テーブルがむき出しになったスマートカジュアルの店が人気を得ている。ただそこにも弊害の可能性はある。たとえば、テーブルクロスの色で暖かさや涼しさといった季節感を出すことができなくなってしまった。過去、そこには独特の世界観があったはずなのに……。

こんなふうに美しさがあいまいになってきたからといって、料理人はその追求を諦めるわけにはいかない。というのも前述したように、美しさはおいしさと大きく関わり合っているからなのだ。美しさが多様化している時代だからこそ、一層、お客さまのライフスタイルやシチュエーションを考えて、そのシチュエーションにそった美しさを提案できるお店を作るべきだ、と私は考えている。

将来、美しさはもっと多種多様になっていくかもしれない。それに備えて若い人たちには、すべてのバリエーションにそった、シチュエーションごとの美しさを理解するための訓練を続けていってほしいと思う。すでに修業を終えようとしている人の中には、「今からそれを実行するのは難しい」と思う人もいるだろう。だが、やってみる価値はある。

誰かの言葉だが、「新しいことを受け入れることは、死の前日までできる」のだそうだ。結果、自分が納得できて、それを美しいと言ってもらえたら素晴らしいことだろう。そのために何をするかといえば、美しいものをみて、それがなぜ美しく見えるかを考えて、お客さまに美しく見せるためのルールを構築していくこと。多少の時間はかかるかもしれないが、決して難しいことではない。ぜひ、実行してみてほしい。

ベルサイユ宮殿のように100年、200年と続く美しさを求め、第二のエスコフィエやフェルナン・ポワンをめざそうではないか。

NARITA WORD

自分を正す
料理人としてどのような道を進みたいかをイメージしながら現状を見つめ直し、物事を理論的に考えて行動すること。

毎年秋にパリで開催されるチョコレートの祭典「サロン・デュ・ショコラ」には、世界中から200人以上のショコラティエやパティシエが集まって腕を振るう。昨年はボンボンショコラと山椒をきかせたオランジェットを紹介して好評を得た。

KAZUTOSHI NARITA
1967年、青森県生まれ。高校時代はスキー部とボート部で活躍するスポーツ少年だったが、卒業後はシェフパティシエの道へ。1999年に渡仏。一ツ星店「ステラ・マリス」、三ツ星店「エノテカ・ピンキオーリ」「ピエール・エルメ・パリ」などの名店で腕を磨く。NYの「ラトリエ・ドゥ・ジョエル・ロブション」時代の2007年に、パンとデザート部門でBest of New York に選ばれる。
17年には、「アジアのベストレストラン50」の「アジアのベストパティシエ賞」を獲得。現在、「エスキス」「アジル」「エスキスサンク」のシェフパティシエとして活躍中。

ESqUISSE CINq
エスキス サンク

東京都中央区銀座5-2-1 東急プラザ銀座4F
☎03-5537-7477
●11:00~21:00(20:15LO)
●不定休
●ミニマムチャージ1人2000円
●18席
www.esquissecinq.com

本記事は雑誌料理王国284号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は284号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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