エスキス流!トップシェフの柑橘の味を引き出す2つのテクニック


日本に40種以上ある柑橘をどう使えば、料理に深みが出るのか

「エスキス」のシェフ、リオネル・ベカさんは、地中海の陽光溢れるフランス最大の湾岸都市マルセイユで育った。暮らしの中には常に柑橘があり、幼い頃から柑橘に親しみ、柑橘を愛してきた。柑橘使いに定評のあるリオネルシェフに、「日本の柑橘」をどう活かすかについて聞いた。

酸味の強弱やバランスを操る

リオネル・ベカさんが、星付きレストランのシェフに任命されて来日したのは10年ほど前。日本びいきになった理由のひとつは、「日本は大好きな柑橘の宝庫だった」からと言っても過言ではない。

生まれ育った南仏プロヴァンス地方では、レモンをコンフィにしたり、お風呂に入れたり、生活のいたるところで柑橘類が活用されている。しかしその種類は6、7種ほど。40種以上を数える日本の柑橘の多さには、到底かなわないと言う。

柑橘を主役ではなく名脇役にするのがリオネル流

「料理は冒険であり、その人を映す鏡」と言うリオネルさんの調理は、イメージが先行する。最初に作りたい料理のイメージやストーリーなどを定め、それを表現する方法として、これまで培ってきた技術や食材に対する知識が総動員される。その表現をより完成度の高いものにするために欠かせないのが柑橘だ。

「新しい料理に挑戦する時、私の耳には、料理のイメージに合う音楽が聞こえています。その音楽が、私の料理を楽しんでくださるゲストの耳にもそのまま届けばいいなぁ││と、いつもそんな思いで調理場に立っています」

メロディーを構成するうえで、「高音部を担っているのが柑橘」。写真の世界で言うなら、「柑橘は光」。柑橘はとても重要な食材なのだ。

それでも、リオネルさんは、柑橘を主役ではなく、主食材を引き立てる脇役として使う。そのためには、酸味をコントロールしたり、アレンジしたりする高度な技術と、とてつもない手間と時間を要するが、柑橘好きのリオネルさんにとっては、それもまた楽しみのひとつだ。

たとえば、自然の美しさについて単に「美しい」という言葉で表現するのは簡単だが、自分の料理において、そういうストレートな表現はできるだけ避けたい。日本の柑橘は、そのままでも十分においしいのだが、ひと手間もふた手間もかけて、より奥行きのある味に変化させて活かすのだ。

「こうした考え方は、比喩や擬人法によって、趣ある表現をめざす日本の絵画や俳句にも通じるのではないかと思います」

そんなリオネルシェフは、今回、デリケートな酸味が特徴の日向夏と酸味の強いレモンという、性質の異なるふたつの柑橘を用いて、さまざまな料理に応用できる柑橘使いを披露してくれた。日向夏は、独特な食感のホワイトアスパラガスと組み合わせ、レモンのほうは、酸味を抑えめに調整して雑味を取り除いてから、香ばしく仕上げたサワラと合わせた。

テクニック:1
「柑橘の女王」日向夏を使った繊細でエレガントな酸味の引き出し方

日向夏は、リオネルさんがもっとも好んで使う柑橘のひとつだ。「柑橘の女王」と呼ぶほど、リオネルさんの日向夏に対する評価は高い。なぜなら、果肉だけでなく果皮や白いワタの部分までおいしく、「酸味、甘味、苦味のバランスもパーフェクト」と思うからだ。

「"女王"と表現したのは、柑橘が女性名詞ということもあります。フランス語には男性名詞と女性名詞があり、フランス人はその違いをなんとなく感覚で捉えていて、私も柑橘に触れた時の感触、味わい、香りなどから総合して、"女性的だなぁ"と感じる(笑)。特に日向夏は、酸味のエレガントさで女王さまなのです」

調味料として重宝するコンディモン作り。上の写真のように日向夏の上部を切り取ったら、切り落とさないように縦に切り込みを入れ、混ぜ合わせた岩塩、ベルジョワーズ糖、木の芽を詰める。

ほどよい酸味を活かしてコンディモンやオイルに

そんな女王にふさわしいのは、「デリケートな味わい、という点で日向夏と共通するホワイトアスパラガス」。ホワイトアスパラガスは、生ハムや日向夏のコンフィなどでマリネした後、さらに鶏の出汁に入れて低温調理して、凝縮感のある味わいに仕上げる。

日向夏は、ザクザクと切り込みを入れたら、そこに岩塩、砂糖、木の芽を詰めて薬味の役割をするコンディモンに。それを小さく切って皿に盛り付ける。日向夏のコンディモンとホワイトアスパラガスの相性は抜群で、ほどよい酸味と塩味、柑橘ならではの香りが皿全体をキリっと引き締める。

「コンディモンとは調味料のことで、工夫次第でさまざまな料理に使えます。塩レモンのように活用してみてはどうでしょう」

日向夏の皮とオリーブオイルで作った自家製日向夏オイルも、柑橘の瑞々しさを印象づける要因のひとつ。ブランシールした(ゆでた)日向夏の皮をオイルと一緒に冷凍し、パコジェットにかけてから漉して作ったオイルだ。ただし、オイルをそのまま使うと苦味が勝ちすぎるので、油脂を吸着して固形にする作用を持つマルトセックと混ぜて使う。「液体オイルをマルトセックによって固形化することで、苦味や油っこさが弱まり、日向夏のさわやかな香りをより強く表現できます」

ホワイトアスパラガスの料理は、「エスキス」でアミューズとして提供しているメニューのひとつ。リオネルさんが考え抜いたコース料理のプロローグにふさわしく、ゲストにこれから展開される驚くべき味の世界を予感させる。

ホワイトアスパラガス、日向夏の繊細さとともに
シャキシャキに仕上げたホワイトアスパラガスとやわらかな凝乳の食感の違いが楽しいひと皿。日向夏のコンディモン、日向夏オイルのスノーパウダーが涼やかさを演出している。可憐なボリジの花も印象的。

テクニック:2
レモンの雑味を抑えめにしたピュアな酸味の引き出し方

古代ローマから伝わる柑橘使いの知恵を活かして

日向夏が優雅な女王なら、酸味の強いレモンはじゃじゃ馬タイプ。フレッシュなさわやかさはそのままに、酸味や苦味を抑え、雑味などを取り除くために手間をかける。「レモンペーストやパウダー、ジャムなどに加工するのもひとつの方法ですし、ガルムにして活用すると料理の幅が広がります」

ガルムとは、古代ローマ時代から伝わる魚醤で、当時のローマでは主たる調味料として使われていたと言われる。サバ、アンチョビ、マグロやカツオ、イワシなど、さまざまな魚の内臓を原料とするが、リオネルさんはホタテの肝やヒモなどを使用。通常は大量に仕込むが、今回は少量の材料で作り方を伝授してくれた。「大量に仕込んだ場合は、1年ほど経ってから使います。少量を保存瓶などに仕込んだ場合は、1週間後ぐらいから使えます」

1週間ほどの漬け込んだガルムは塩辛のような味わいで、塩味が少しとがって感じられるが、それでも十分においしい。塩味や酸味は時間を経ることでまろやかになり、旨味の強いガルムへと変わっていくのだ。

これをソースのベースとして使うと、コクのあるソースが、主食材の味わいを引き立てる料理になる。「サワラを46度でゆっくりと火を入れると、中はジューシーに。表面はさっと焼いて香ばしく仕上げ、今回は、これに添える2種のソースにガルムを忍ばせました」

そこに季節の花やウルイ、ソラマメなど、旬の食材を盛り付けて皿一面に初夏を表現。さらにレモンペーストやパウダーも添えた。

「ペーストやパウダーは、口に含んだ時に舌で酸味を感じ、その香りが息を吐いた瞬間に鼻から上がってくるように調整してあります」

レモンの力強い酸味をここまで計算して使い切る――柑橘使いに定評のあるリオネルさんならではと言えるだろう。

保存容器にまず岩塩を入れ、ホタテの肝とヒモを入れる。その上に砂糖、コショウ、スターアニス、レモンスライス、ハーブと入れたら、さらにまた岩塩、ホタテの肝やヒモ、砂糖、ハーブという具合に重ねていく。最後に岩塩でカバーするようにする。発酵が進むと全体的に茶色になる。左の保存瓶に入っているのは漬けて2週間たったガルム。

料理人の要望に応えて甘味重視から酸味重視へ

見事な柑橘使いを見せてくれたリオネルさんは、日本の柑橘をどのように理解し、どんなルールに則って活用しているのだろうか。

「柑橘についてはおおよそ3種類に分けて考えています」

まずひとつは原種に近い酸味の強いもの。ふたつ目はすでに定着している品種で安定した味わいのもの。もうひとつは品種改良が進行中の新品種。

原種に近いものの代表として、リオネルさんは、大分産のシャンスを挙げた。「そのまま食べると、ものすごくすっぱくて苦いけれど、そこに人の手を介していない野性味を感じます。音楽で表現すると、高音中の高音。ピアノの一番の右の鍵盤をたたいたような音」と笑う。

ヨーロッパ産の柑橘の中には、このシャンスのように酸味が強すぎて、調理しないでは食べられないものも多い。そういう環境で育ったリオネルさんにとって、日本の柑橘は「味が弱い」と感じることも少なくなかったという。それを打ち破るシャンスの味わいは心地よかった。「私は柑橘に甘味は求めないので、この出会いは衝撃的でした。シャンスはコンフィチュールなどに最適ですね」。

ふたつ目のグループに入るのは、今回使った日向夏やレモンのほか、オレンジ、ユズ、カボス、スダチ、シークヮーサーなど数多く、これらは比較的安定した味わいで、あらゆる料理に活用できる。

「扱いに慎重になるのは、3番目のグループの柑橘です。柑橘は自然の産物ですから、どの柑橘にも年によって味の変動はあります。しかし、3番目のグループは特にそれが大きいんです」。そのため、毎年入念に味を確かめる必要がある。ところが、それが新しいイマジネーションのきっかけにもなる。「試行錯誤もまた楽しい」と言う。

「最近では、シェフたちのリクエストに応えて、原種の個性や野性味を残した柑橘を栽培する農家も増えつつあります。日本の柑橘は甘さを追求しすぎるイメージがありますが、それを覆すような品種の栽培に挑戦してくださる生産者の努力には、感謝しています」

現在、シトロンキャビアだけは輸入物を使っている。しかし、すべて日本の柑橘だけで自分の世界を表現できる日も遠くない、とリオネルさんは感じている。

サワラ、レモンの魅力を存分に
麦味噌やレモンペースト、ヨーグルトなどで軽く下味を付けたサワラは、レモンのガルムを忍ばせた2種のソースとよく合う。ビスタチオオイルを塗ったウルイ、昆布締めにした菜の花、ホウレンソウのポワレなどを添えて。


Lionel Beccat
フランスの星付きレストランで研鑽を積み、2002年、26歳で「メゾン・トロワグロ」のセカンドシェフに。06年、「キュイジーヌ[s]ミッシェル・トロワグロ」オープンの際に、エグゼクティブシェフに任命され来日。12年、「ESqUISSE」をオープンし、すぐにミシュラン二ツ星を獲得。

山内章子=取材、文 依田佳子=撮影

本記事は雑誌料理王国275号(2017年7月号)の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は275号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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