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変化に対応し、時代を生き残ったシェフ「ル・マンジュ・トゥー」谷昇さん


フランス料理界を牽引する『ル・マンジュ・トゥー』の谷昇さん。素材を大事にシンプルに仕上げたひと皿には、伝統的なフランス料理の技術と合わせ、谷さんが吸収してきたさまざまな知識がつまっている。


技術は研鑽するもの。料理は論理を理解するもの。

「チャールズ・ダーウィンの『強い者が生き残ったわけではない。賢い者が生き残ったわけではない。変化に対応した者が生き残ったのだ』という言葉が好きでね」。こう話してくれたのは、東京・神楽坂の住宅街に立地する「ル・マンジュ・トゥー」のシェフ、谷昇さん。「時代はつねに変化します。そのためひとつの料理にしても、技術は幾度となく変化してきましたし、分子料理などの先端技術もひと通り試してきました」。こうした時代の変化に対応した谷さんの店は、多くのお客さまに親しまれている。

 トラディショナルなフランス料理をソフィスティケートさせた“谷流”の料理を提供し続けてきた谷さん。今回提案してくれた3つのスープは、谷さんが吸収してきた技術と知識、考えが集約された料理と言っても過言ではないだろう。

「料理人の仕事は、生きる物の加工品を作ること。そのためにはまず、食材を尊ぶことから始まります」

 谷さんは食材を無駄にしたり、安易に捨ててしまうことを「生物への愚弄」と考えている。本来捨ててしまう骨を、どう食べさせるか考えたのが、シカのコンソメ、鳩肉のビスク、スープ・ド・ポワソンだ。

「これらは僕とともに仕事をしていないと作れるようにならないし、ただ真似しただけでは失敗する料理です。それは基本となる論理を理解できていないため。たとえば卵白がコンソメを澄ませると思っている人が多い。しかしその役割を果たすのは肉なんです。肉の結着力が、澄んだスープを生む。技術ももちろんですが、料理の論理を理解するほうが大事なことだと思いますね」

 澄んだコンソメを作る際に不可欠な挽き肉は、結着力を高めるために手でひたすら練り続ける。この技法はソーセージなどのシャルキュトリーにも応用が可能だという。「技術のひとつひとつの工程の『なぜ』を理解し、応用できるのが、本当の意味での技術だと思います。基本的な技術を伝承することには努めていますが、それらを組み合わせてひと皿に落とし込むのは次のステップ。僕がやっていることの伝承ではなく、学んだ技術をどう組み立て、自己表現するかが重要だと思っています」

 スタッフには手の内をすべて明かす。自分で自分のライバルを育てることになるため、自店が潰れる可能性もあるが「そういう危機感がたまらなく好き」と笑う。

歴史的背景からも料理を知る

 フランス料理の技法にとらわれないのも、谷さんの特徴だ。鳩肉のビスクには、鳩の表面を焼いたあと、お湯をかけて乾燥させるという工程がある。これは中国料理の技法で、フランス料理にはないもの。「もっとおいしくなるかもしれないのに、フランス料理にこだわりすぎて取り入れないのはもったいない。先端技術に頼る前に、多様な調理法を覚えておいて損はないですよ」

 また、谷さんは無類の歴史好き。料理の歴史からその土地の歴史まで、さまざまな知識を多角的に吸収している。「たとえば鳩肉のビスクはローマの時代からあったとか、その頃の歴史的背景から料理をイメージすることもあります。知識と歴史と技術、この3つが連動していることが、料理人にとって大切なことだと僕は考えています。そのなかで技術は研鑽するもの。同じことを10やった人より、100やった人のほうがうまいに決まっている。食材を見た瞬間にすぐ動けるようになるのも、技術を磨くからこそできることだと思います」

 技術の基本は谷さんが伝えるが、磨くのは本人次第。過去の在住者はゆうに100人を超えるが、谷さんが認めた人材は10人もいないのだという。

古代ローマの文献に載っていたビスクから着想。ビスク=つぶすという概念から考え、柔らかく煮た鳩の骨をつぶし、漉す工程を経て口当たりのよいスープに仕上げる。

技術以上に大事なのは論理的に考え検証すること

 「僕には伝承できる技術なんかないよ」と谷さん。「たとえば『瓢亭』(京都・蹴上)の瓢亭卵ってすごいでしょう。だってガスもタイマーもない時代に、完璧な半熟卵を作っていたんですよ。マヨネーズやアイスクリームも、乳化という言葉がない頃からのものだし。こうした変わることなく、脈々と伝承されるものが技術だとすると、僕にはそういうのはないからね」と続ける。

 技術以上に谷さんが伝承したいことは、料理人としての姿勢や考え方だという。それは、食材を大切に扱うこと。「僕らの仕事は、生き物を大切に飼育してくれたり、厳しい環境のなかで狩猟してくださる猟師さんたちの上に成り立っています。そこに感謝をすることが、真っ当で正直な料理をつくるのに欠かせないのです」

 また、技術はもちろんのこと、物事を筋道立てて論理的に考えることが大切だともいう。なぜなら「物事の検証を行ない理解しなければ、それは一過性で終わってしまうから」だと谷さんは考えている。

 「今のフランス料理の進化は目まぐるしく、皿に乗ってしまえばどの料理人の料理も一緒に見えてしまう。いずれ料理人は手詰まりになってしまうのではないでしょうか。小手先の技術でなく、歴史や料理の背景、調理法の意味などを学び、それを踏まえたうえで個性を打ち出す料理を目指してほしいと思いますね」

食材を尊ぶことで生まれる端材を使った3つのスープ
シカの骨を赤ワインで煮込み、シカの挽き肉で澄ませたコンソメ(上)。鳩肉のビスクはウデの骨を半日煮て、ミキサーにかけ漉す工程を繰り返す(右下)。スープ・ド・ポワソンは味の影響が少ない鶏挽き肉で澄ませる(左下)。

Noboru Tani

1952年東京都生まれ。調理師学校在学中より「イル・ド・フランス」で働き、卒業後に就職。1976年に渡仏し、フランス国内を巡る。帰国後、都内のレストランを経て、2度目の渡仏で三ッ星店のセクションシェフに従事。1994年「ル・マンジュ・トゥー」を開業。

虻川実花=取材、文 林 輝彦=撮影

本記事は雑誌料理王国2018年4月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2018年4月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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