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レストランのパンを語ろう「ル・マンジュ・トゥー編」


パン焼き職人である「シニフィアン・シニフィエ」志賀勝栄さんと、そのパンを仕入れる「ル・マンジュ・トゥー」谷昇さんによる初対談が実現。レストランにおけるパンの役割をとことん語っていただきました。

谷さんは、「シニフィアン・シニフィエ」のパンを仕入れていらっしゃるそうですね。

 知り合いの方が「こんなパンがあるよ」って持ってきてくれて、それで食べたら即、〝あっ、これ僕のパン!〞そんな感じでしたね。すぐにスタッフに買いに走らせました(笑)。店をオープンしてから今まで、いろんな店のパンを試しましたが、やっと僕のパンが来たーっ!て感じ。実は僕ね、パンが嫌いなんですよ。おなかが膨れちゃうでしょ?しかもあのイーストの香りがどうも苦手。でも志賀さんのパンは食べた瞬間、香りもいいし、不思議なくらい、いくらでも食べられたんです。

志賀 ありがとうございます。でも僕は正直、特別なことは何もしていません。19世紀にイーストが発明されるまでは、みんな今の僕のように自家製の酵母でパンを作っていたわけですから、昔に戻っただけ。ただ自分のような古典的なやり方で今もパンを焼いている人が、ほとんどいないというだけなんです。

 志賀さんのパン焼き哲学には、すごく共感できるな。確かにフランス料理もパンも、歴史や文化を一度検証してから作るかどうかで、大きな違いが生まれますよね。今の時代は新しい手法に惑わされて、根幹が失われているような気がする。たとえば、うちの店にはオーブンはありますが、ほとんど使いません。フライパンひとつでも料理は作れる。昔は機械なんてなかったんだから。

「シニフィアン・シニフィエ」のパンと気づく人が多い

レストランでのパンに対するお客さまの反応はいかがですか?

 うちは料理を6皿出しますが、メインが出る前にギブアップするお客さまがけっこう多い。つまりパンを食べすぎちゃうんですよ(笑)。

志賀 それはまずいな(笑)。

 ここはレストランなんだからやめてくんない?って言いたくなる。アミューズにパンを3切れも(笑)。

志賀 先日、うちの店の女性スタッフが「ル・マンジュ・トゥー」にお邪魔したときも、何回おかわりしたかわからないって言うんです。普段は少食なのに。完全に谷さんの料理とピタッとはまったみたいですね。

 しかも「これってシニフィアンのパンでしょ?」って気づくお客さんが多い(笑)。それだけインパクトが強いんです、志賀さんのパンは。

志賀さんは、お店で売るパンとレストランで売るパンで、何か区別されていることはありますか?

志賀 とくにはないですね。レストラン用にパンの大きさを変える場合はありますが、基本的にはうちの店と同じパンです。

 パンはごはんと同じで主食だから、ごはんだけでもいいし、おかずと一緒でもいい︒それと同じこと︒だから逆に僕らが作る料理はパンが主役だとしたら脇役なんです︒そのあたりをみんな誤解しているんじゃないかな。ただし料理人として、ちゃらい仕事をしてたら、このパンには負けますね。

谷さんはご自身でパンを焼かれることはないのですか?

 ありません。プロに任せます。だって志賀さんに一度聞きましたよね?このパンが焼けるようになるまでにはどれくらいかかるんですかって。そしたら20年から25年はかかるって。絶対に無理(笑)。

志賀 僕にすれば、谷さんのお仕事ぶりにこそ頭が下がりますが。いつお休みになっているのかな?と。

パンは〝生きもの〞。そして命をつなぐもの

「ル・マンジュ・トゥー」でも提供される「パン・ド・ブラン」はどのようにして生まれたのですか?

志賀 イギリスを訪れたときに、オーガニック食品が充実していて、ローストした発芽小麦のフレークに出合ったんです。この粒々の香ばしい食感を生かして何か作れないか?と思ったのがきっかけです。

 この「パン・ド・ブラン」を直火でグリエして、バターをのっけて食べるのが僕は大好き。もともと水分量が多くて組織がしっかりしてるから、多少強火で炙ってもへっちゃら。普通だと燃えますよ(笑)。


志賀 そうですね。このパンは、通常の食パンよりも15%ぐらい水分量が多いんです。

いっぽうハード系の定番ともいえる「バゲット・プラタヌ」はどういったパンなのでしょう?

志賀 このパンは断面を見るとわかるのですが、一般的なバゲットに比べて生地が茶色い。フランス産の石臼小麦をたっぷり使っているので、小麦の皮の部分も入っていて栄養価も高い。あと気泡に光沢があるのは、デンプン質がアルファー化(糊化)している証拠なんです。

 つまり、ごはんを噛んで食べたときの状態と一緒なわけですね?志賀 おっしゃるとおりです。こういう状態に仕上げないと、食べたとき、消化吸収に負担がかかるんです。谷 なるほど。だから前は胃が膨れて気持ちが悪くなったわけか……。

志賀 あと水は海洋深層水を使っています。最近、海洋深層水の成分のひとつ、マグネシウムが、酵素の働きを助けることがわかってきたのです。その効能についてはまだ完全には解明されてはいませんが、おいしさに違いを感じてもらえると思います。

 僕ら料理人は、もともと生きてた食材を再び構築するのが仕事でしょ?でもパンは絶えず〝生きもの〞で、レストランの中でもずっと生かし続けなければならない。これが料理とパンの大きな違いかなと。志賀さんのパンは、ちょっとやそっとじゃへこたれないですからね。

志賀さんは今後に向けて、何か新しいパンの構想はありますか?

志賀 僕の場合は新しいことよりも、昔の人がやっていたことをつねに探し続けている感じですね。最近はできるだけ全粒粉に近い状態の粉を、現代人にいかに健康的においしく食べてもらえるかを探っています。やはりパンは〝命をつなぐもの〞という考え方が基本にあります。

 まさにそのとおり。パンは主食なだけに、レストランでもその存在価値は大きい。でも、おいしすぎるのもちょっと困りものかな(笑)。

野鴨のソーセージ コンソメスープ バゲット・プラタヌを添えて
野鴨とフォワグラを使って約2ケ月間熟成させた旨味が凝縮したソーセージ。水を使わず、赤ワインだけで作る野鳥のガラを使ったコンソメは、肉を思わせる力強さ。「僕のバゲットを召し上がっていただくのに、これ以上の組み合わせはない」と志賀さんが感嘆した組み合わせ。

Noboru Tani
1952年東京都生まれ。調理師学校時代に初めてアルバイトに行った先が「ドンク」経営の「イル・ド・フランス」(青山)で、そこで初めてフランスパンと出合う。当時は青山でフランスパンを持って歩くのが流行していた。

Katsuei Shiga
1955年新潟県生まれ。「ホテルパシフィックメリディアン」で出合った、日本の「ホテルパンの父」と呼ばれた故・福田元吉氏を今も師と仰ぐ。出張先で、その土地にある材料を見繕って即興的にパンを作ることも楽しみのひとつ。

沖村かなみ=文・構成 杉田 学=写真

本記事は雑誌料理王国189号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は189号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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