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なぜ、料理人は【岩永歩】に惹かれるのか?


LE SUCRÉ -COEUR 「ル シュクレクール」岩永 歩 さん

「パン グロ ラミジャン」岩永さんが、空想から作りだしたオリジナルのパン。
パン グロ ラミジャン
岩永さんが、空想から作りだしたオリジナルのパン。


キュイジニエへの憧れ

料理人が惹かれるパン職人がいる。大阪・北新地「ルシュクレクール」の岩永歩だ。

岩永さんが焼くパンは、大阪のみならず、遠く離れた東京のレストランにも届けられる。現在パンを卸すのは、関西20軒、関東6軒。その中には、多くの星付きレストランも含まれている。「僕には、料理人に対して、コンプレックスともいえるような強い憧れがありました」

20代の初めにパン職人を目指し、必死に仕事をしていた。それに対して強い自負も持っていた。5年目に、パン職人としてレストランに就職。ここで、パン屋とレストランの世界に、強烈な差があることを実感する。
「意識のレベルで、キュイジニエと圧倒的に差があった。食材の知識も仕事の質も。敗北感があったと同時に、彼らと同業者になりたいと強く思ったんです」

だから、岩永さんはパン業界というステージだけで、物事を考えない。飲食業界、さらには表現者、とステージを広げたり、変えたりして考えてみる。するとそこには、料理人だけでなく、アーティストやアスリートもいることに気づく。彼らとの圧倒的な差を感じ、自らのちっぽけさを知って嘆くこともあった。それでも、同じ場所に立つ者として、絶対に引き下がることだけはしたくない。もし引き下がれば、それは「パン屋」という仕事の限界を認めてしまうことになるからだ。「『表現者』というステージで生きているのだったら、伝えられなければ終わりだと思う。僕は『パン屋だからできなかったんだ』とは、絶対に言いたくない」
その場所に立つためには、圧倒的な何かが必要である。岩永さんにとってそれは、フランスで得たブーランジェの技、そしてフランスへの敬意と恩義、それを背負う覚悟だった。

「ル シュクレクール」岩永さんの作業姿。
10代は、野球に明け暮れていたという岩永さん。ポジションはピッチャー。今も体格はしっかりとしていて、身長も高い。オーブンの上に、ピールを載せる動作も軽やかにジャンプして行う。

次ページ:岩永さんがフランス修行で感じたこと、「フランス依存」への葛藤


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