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なぜ、料理人は【岩永歩】に惹かれるのか?


心を開放し、飾らずに、普段着で仕事をするチャド・ロバートソンさん率いる厨房は、カジュアルではなく、「カジュアルな精神」に満ちていた。そこで作られているパンのおいしさに、納得した。その時岩永さんは、自分を引っ張っていた糸がパチンと切れる音を聞いた。「ああ、自分は自分でいいんだ。結局、自分がコアになるのだから、凝り固まる必要はない。フランスを思い続けなくても、自分の中にもう入っている。自分を束縛しなくても、フランスを経由してしかモノづくりはできないんだよ、と気づかされたんです」
フランスで修業したチャドさんは、サンフランシスコでパンを作っている。それでいいんだ。どこで作るかではなく、誰が作るのかの方が、大事なことである。「シュクレクールでいい」。その覚悟がついた。

「ル シュクレクール」  「ル シュクレクール」  岩永 歩 さん
「ル シュクレクール」  「ル シュクレクール」  岩永 歩 さん

「レストランに比べて、パン屋は訪れる人数は多いんです。数を単純に比較はできませんが、多くの人に出会う機会がある。その機会をつなげていけば、何かになるのではないか。しかもそれが全国で起きれば、オセロが1枚ずつ白から黒に変わっていくように、世界がかわる。パン屋には、その可能性があると思っています」と岩永さん。

育てるパンラミジャン

料理は分子料理から、半径1キロメートルの素材にフォーカスする時代になり、ワインもナチュラルになっていた。世界の食の流れをとても自然だと感じた岩永さんは、自分たちもそれを思想として仕事に取り入れられないかと考えた。そんな時、思い出したのが、タルティーン・ベーカリーで見た「カントリーブレッド」だった。あまりミキシングをかけずに、水をたっぷり加えて、時間をかけて生地をつないでいく。それを、まるで牧場で寝そべっている牛のように、キッチンの中央にドーンと置きっ放しにして、長時間休ませていた。

「パンの生地を母親の手に乗せたとき、『ネズミの赤ちゃんみたい!』と鳥肌を立てていました(笑)。『パンは生き物』など言わずとも、生き物のように感じる生地を仕込んでいれば、ぞんざいに扱うことなどできないはずです」

「チャドたちは、ずっと生地の横で仕事をしていました。パンを見ながら仕事をしていたんです。そこには当然、働くスタッフもいる。自分たちも、パンの存在を気配として感じながら仕事がしたい。パンは、作るのではなく育てるものだということを、自分たちの厨房にも持ち込もうと考えたんです」
帰国した岩永さんは、店を象徴する「パングロラミジャン」のレシピを変えた。粉の配合は変えず、酵母と水を増やし、イーストとミキシング時間を減らすことで、休ませる時間を長くした。シュクレクール10周年を期に、スタッフとともに、店の未来をデザインするパンとして、ラミジャンは生まれ変わったのだ。

「ル シュクレクール」岩永さんオリジナルのパン、「パン グロ ラミジャン」

パン グロ ラミジャン
岩永さんが、空想から作りだしたオリジナルのパン。パリのビストロ「シェ・ラミジャン」に由来する。「薄暗いお店の中にお客さんがいて、小さなテーブルに乗り切らないほど料理が出てきて、ワインが置けないから、隣のテーブルに置こうみたいな、"いいお店臭"がすごくて。店の奥で、パンをガサガサ切っている。そんなお店の雰囲気を表現したかった。あんなお店で出しているパンをやりたいと思って作ったのが始まりです」。

次ページ:岩永さんが想う自身の「役割」と、「10年後のパン屋」


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