食の未来が見えるウェブマガジン

なぜ、料理人は【岩永歩】に惹かれるのか?


パン屋はわりと自由な業態

フランスで修業し、「自分はブーランジェだ」と名乗れる自信を得た後も、料理人への憧れは、敬意に変わり、岩永さんの胸の中に宿り続けていた。
2011年の東日本大震災以降、料理人が集まって積極的に社会と関わりをもとうとする食事会が多くなった。そこにパン屋として参加する機会も増えた。「感性の塊、みたいなシェフたちと一緒に仕事をして、なぜここにいるのだろうと思うこともありました」
参加しているゲストも全国から集まるほど、食に関心をもつ人たちばかり。そんな華やかな場に、存在意義を感じられず〝、場違い感〟を感じることも多くあった。
会を終えた翌日、店を開けると、いつものように多くの人がシュクレクールのパンを求めにやってきた。「パン屋には、パンを買いに来るだけで、食に深い興味をもっていない方もいらっしゃる。日常に寄り添い消費者に近いところにいる僕らだからこそ、やらなきゃいけない役割がある。それは、非日常の中にあるレストランには出来ないことだからです。本質的な食の魅力を少しずつ伝えていければ、やがて大きな変化が生まれるかもしれません」

「ル シュクレクール」のイートイン限定「カレーパン(イエロー)」。
「ル シュクレクール」では、テイクアウトの商品をイートインできるスペースがあるが、写真の「カレーパン(イエロー)」は、イートイン限定。大阪・肥後橋のインドカレー店「ナビン」のカレーとコラボレーション。岩永さんは、「ラミジャンにあうカレーを作って」とリクエスト。カレーを包むためにあるパン、パンに包まれるためのカレーではなく、双方のオリジナリティが共存するひと品。

10年後のパン屋

「作り手がただ作っているだけでいい時代は終わりました。お客さまも、お金を払って食べるだけで満足できる時代でもありません。それほど、未来に対する不安がある。それに対して、誰も傍観者であってはいけない。僕たちは、食と環境が繋がっていることを、おいしいものを食べることを通じて、伝えていかなければいけない」

2016年に大阪・岸部の本店をいったん閉めて、北新地に移ったとき、店名から「ブーランジュリ」を外した。店内には、シャルキュトリやワインのほか、味噌や醤油も置かれ、どの商品も〝生産者の顔〟がはっきりわかるようになっている。ここは、ブーランジュリではなく、ブーランジュリという自由な立場を使って何ができるか、を考える挑戦の場なのである。「10年後、昔はパン屋ってパンしか売ってなかったんだよねえ、となればと思う。パン屋として、次世代に残せることは、やり残すことなくやっていきたい」「まわりくどいのは嫌いなので、ストレートにいきましょう」と言って取材は始まった。過去の未熟さや失敗、葛藤をさらけ出し、本音を語る。自分を表現することに責任を持っているから、そう言えるのだろう。そのストレートさが、料理人を惹きつけ、岩永さんのオリジナリティを支えている。

「ル シュクレクール」店内に置かれる〝生産者の顔〟が見える商品の数々。

岩永さんのオリジナリティのルール

● パン屋→食業→表現者 ステージを広げて考える

● 物事を流さずに、いちいち「なんで?」と、疑問をもつ

● 違う道を歩いているから、違うとこに着く

岩永歩/Ayumu Iwanaga
1974年、東京都生まれ。
大学中退後、大阪および兵庫のパン店、フランス料理店で働く。2002年に渡仏し、パリ の「メゾン・カイザー」で修業。帰国し、04年に大阪・吹田市岸部に「ブーランジュリ ル シュクレクール 」を開業。16年に北新地に「ル シュクレクール」を開く。近著に『ル・シュクレクールのパン』(柴田書店、 2018年)がある。

「ル シュクレクール」  「ル シュクレクール」

LE SUCRÉ-COEUR/ル シュクレクール
大阪市北区堂島浜1-2-1
新ダイビル1F
06-6147-7779
● 11:00~20:00 (Last Call 19:30)
● 日・月休
www.lesucrecoeur.com

江六前一郎=取材、文 村川荘兵衛=撮影

本記事は雑誌料理王国287号(2018年7月号)の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は287号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは、現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


SNSでフォローする