現代人のニーズに応じて多様化するフランス料理の世界。現代絵画のようなひと皿も、軽い味わいを追求する風潮も否定はしないが、櫻井信一郎さんは「ヨーロッパで長年愛されてきた伝統の味にこだわり続けたい」と語る。ガストロノミーで働いた経験もあるが、現在経営する「ローブリュー」では、暖炉の炭で肉を焼き、生ハムやソーセージなどを手作りして、ヨーロッパの家庭の味を大切にしている。
しかし、そのために忙殺されることも事実だ。料理の下拵えに加工品作りが加わると、ひと息つく間もない忙しさとなるのだ。厨房で立ちっぱなしのまま、さまざまな機械を出しては使い、使っては洗浄するということの繰り返し。しかも、それほど大変な思いをしても、出来上がるソーセージは20本ほどだったりする。それでも、「お客様が『おいしい!』と喜んでくれる顔を見れば嬉しい」と顔をほころばす。納得のソーセージができた時、常連客の笑顔を思い浮かべながら、誰よりも幸せな気分に浸るのは、シェフ自身なのである。
「豚肉は加工や保存用に調理すると、そのまま食べるのとはまったく違う味わいになるからおもしろい」と櫻井さんは言う。そんな匠に、保存や加工の基本的技術を教えてもらおう。
まず「白ソーセージ ミュンヘン風」。そして「豚肩ロースのコンフィ」。
白ソーセージは、作り方を覚えておくと応用範囲が広く、しかも、豚の腸に詰める生地の温度を上げないようにさえ注意すれば、高度なテクニックを必要としないため、初心者でも挑戦しやすいという。
コンフィは、「うちの店の人気メニューだから」と披露してくれた。
ソーセージ作りのポイントは温度管理。これには、かなり気を遣う必要がある。肉、牛乳、調味料などを混ぜてペースト状にした生地は、温度が上がりやすい。常温には置かず、作業がひとつ終わるたびに冷凍庫に入れて冷やことが重要だ。この点について櫻井さんは、加工用の機械までも、使う前に冷やす徹底ぶりだ。「つねに煮炊きをしているため、厨房内の温度は高い。だから、この手間は絶対に惜しまないこと。生地の温度が上がると分離が起こり、失敗の原因になる可能性が高いのです」
温度管理は、「豚肩ロースのコンフィ」作りにおいても重要だ。肩ロースは塩でマリネしてから、ラードの中に入れて湯煎するのだが、ラードの温度が一定に保たれているか、こまめにチェックする必要がある。これもソーセージ作り同様、手間のかかる作業だが、櫻井さんは、「低温調理器などを使おうとは思わない」と、きっぱり。肉の個体差を見極めながら、知識と経験を活かすのが料理人の仕事と考えているため、「機械に頼るのは性に合わない」のだそうだ。
こんなふうに「昔ながら」の料理や調理法にこだわる櫻井さんだが、調理現場で、思いもよらない発想で新しい調理法が生まれることもある。たとえば、コンフィをガチョウの脂で焼く。これはシェフ独自の手法で、豚肉とよく合うガチョウの脂も、もちろんシェフのお手製。ガチョウの皮を煮出して作る。ガチョウの脂は料理をおいしくするだけでなく、健康長寿にも効果があるとされる。
手作りにこだわるシェフは、生ハムも手がける。長野の山の上にある別荘は、生ハム作りの施設といっても過言ではない。「別荘といっても築年の隙間風の入る家ですが、そこで沖縄産の白豚のモモ肉を10カ月間干し、それを店のワインセラーで5カ月間ほど熟成させます」。乾燥や熟成のためのスペースが限られているため、1年にわずか8本しか作れないという生ハムは、匠の味に魅せられたゲストにとって、この上ないご馳走だ。
工場で大量生産された加工品に比べると、多少形が不揃いだったりもするが、それは、旨さと後味のよさがカバーしてくれる。そのさわやかな味わいは、料理の手間を惜しまない、匠の人柄を象徴しているようでもある。
なめらかな舌ざわりで、後味もすっきり。パセリの代わりにフォアグラやピスタチオを加えると、違った味が楽しめる。また、生地を変え、乾燥し終えた段階で燻製にかけるとフランクフルトにもなる。
加工品の場合は、とくに豚肉の銘柄にはこだわらず、新鮮さが最優先となる。豚肉は、あとでペースト状にするが、大きなスジや硬い部分は残るので、ていねいにそうじをする。
今回、使用したのは内モモ肉だが、脂が少なければ外モモ肉でもよい。仔牛を使う場合もある。そうじし終わった後の肉は、600gが目安で、これを1cm角にカットする。
②の豚肉を冷凍庫から出して何度かに分けて挽き、背脂(250g)は、角切りにして冷凍しておいたものを挽く。処理した肉や背脂はすぐに冷やし、肉を挽く機械も冷やしておくこと。
挽いたモモ肉に塩(20g)、粉末の白コショウ(2g)、ナツメグ(0.5g)、クローブ(0.1g)、結着剤(3g)を入れてペースト状に。途中、冷凍した牛乳(150g)を3回ほどに分けて入れる。③ の背脂も加える。
④にアッシェしたパセリ(15g)、レモン汁少々を加えて、さらに機械にかけたら、バットに移して温度を測る。ソーセージの生地は、温度が上がると分離してしまうので要注意。この段階で生地の温度が8℃以下になるようにする。
できるだけ空気を抜きたいので、生地を2、3回、真空機にかけてから、ソーセージ用の充填機を使って豚腸に詰めていく。豚腸はぬるま湯につけて戻しておく。
豚腸に生地を詰める時のポイントは、機械から押し出される生地を手で押さえて、ノズル部分の手前に少し空気をためるようにすること。こうすると、生地がスムーズに押し出されていく。
生地を詰め終わったら、ソーセージの大きさを決め、均一になるように間をねじっていく。気泡は針などで突いて抜く。天然腸の場合、穴を開けても乾燥の段階で塞がるので問題はない。
吊るした状態にして、冷蔵庫の中にひと晩おく。
翌日、冷蔵庫から出し、 4、5時間、常温で乾燥させる。乾燥が遅い場合は、除湿機を使用する。乾燥してカチカチになったら、1本ずつ切り離し、ボイルしてから保存する。
品質が安定しているという理由で、山形産の「米の娘ぶた」を使用。適度な歯応えと塩気が、肉の旨味を引き立てる。付け合わせのトマトとピーマンの煮込みとの相性も抜群。
「米の娘ぶた」の肩ロース(2㎏)に塩をふり、ラップに包んで冷蔵庫に4日間おく。今回は骨のない部分を用いたが、骨付き肉を使う場合には、そうじをしてから塩をふること。
4日間おいた肉を冷蔵庫から出し、ラップを外して軽く水洗いする。水分をよく拭き取ったら、肉の切れ目などに結着剤を付けて形を整えてからタコ糸で巻く。結着剤には、加熱すると成分が失効して、残留添加物が残らないものを使用している。
鍋底に敷物を置き、肉が底に付かない状態にしてからラードを入れる。ラードの入った鍋は直火にかけず、湯煎して温める。ラードの温度を85~90℃に保ち、4、5時間煮る。
煮上がった肉はラードから出し、すぐに冷蔵庫に入れてひと晩寝かせる。翌日、タコ糸を外してポーションカット(200gが目安)したら、肉にガチョウの脂を馴染ませて真空状態にして保存。ひと月ぐらいは保存できる。
手作りのガチョウの脂で焼くとコクのある仕上がりに。この脂は野菜のソテーや揚げ卵の調理にも活用。
Shinichiro Sakurai
1961年、東京生まれ。大学卒業後、レストラン勤務を経て88年渡仏。ローヌ=アルプやバスク地方などで修業し、92年に帰国。「パッション」や「レザンドール」、「オーバカナル」のシェフを経て、2002年に独立。
上村久留美=取材、文 星野泰孝=撮影
本記事は雑誌料理王国226号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は226号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。