【美食書評家の「本を喰らう!」】『なぜ星付きシェフの僕がサイゼリヤでバイトするのか?』


大逆転を生んだ人間ドラマ

本書の著者である村山太一は、目黒でイタリアンレストランを経営するシェフだ。この店を開業する前は、本場イタリアで26年間三ツ星を守り続ける世界最高峰のレストランの副料理長だった。帰国して今の店(ラッセ)をオープンし半年で一ツ星を獲得、9年にわたり守り続けてきた。外部から見れば順風満帆に見えただろう。

しかし、当時の店内の人間関係は最悪、経営もギリギリだったという。村山は大きな危機感を抱き、サイゼリヤに飛び込んだ。確かにサイゼリヤは、村山が抱えていた数々の課題をクリアしているように見えた。でも、星持ちシェフのプライドは一体どこにいってしまったのだろうか。

超速で行動するサバンナ思考

副題にある偏差値37という数字が象徴するように、著者は「バカだからプライドにとらわれない行動がとれた」と言う。もし秀才だったら、むしろ上を向いて「二ツ星か三ツ星の店で学ぼう」と考えるのかもしれない。しかし村山は、ただシンプルに「自分が抱える課題をクリアしているお店に教えてもらおう」と考えた。

自分でウンウン悩んで、チマチマ経営改善するなんて、時間のムダ。堂々とショートカットしようというわけだ。「危機感×気づき×即行動」自分が弱者であることを認識して、生き残っていくために、危険を察知してスグに行動すること。たとえバカや変人といわれても気にしない。それが、超速で行動するサバンナ思考である。

超速で成長するマヨネーズ理論

もうひとつ、村山を動かしている必勝法がある。すごい人のやり方を丸パクリして最速最短で成長する「マヨネーズ理論」だ。マヨネーズを自力で発明するのは、非常に困難な作業だ。しかし、作り方を知っていればマヨネーズは簡単に作れる。世にあるノウハウを見つけて次々に吸収していくことで、超速の成長が可能になる。

著者は修行の過程で出会った複数の師匠に憑依して、彼らの行動を「完コピ」していったという。それによって、あらゆるプロセスをショートカットして、自らを高速で成長させていった。そして著者の四次元ポケットには、いつしかいろんなマヨネーズが入っていて、状況に応じて使い分けられるようになったのだ。

MBAより成長する休日バイト

数々のマヨネーズを持っていながらも、自店の経営に苦戦していた著者。その目からウロコをとってくれたのが、サイゼリヤでのアルバイトだった。しかし、単に勘だけで飛び込んだわけではない。サイゼリヤ創業者が影響を受けた経営コンサルタントの本を事前に62冊も読んだという。「読書は最強のサバイバルツールだ」という言葉も印象深い。

下調べをして覚悟をもって入る。そして「こういうことか!」と一つ一つ理解を深めていったのである。サイゼリヤの現場をヒントに自らのレストランを改革した村山は、生産性を一気に3.7倍に押し上げた。プライベートも充実させ、いまその視線は夢である「宇宙」に向かっている。爽快な読後感が得られる一冊だ。

なぜ星付きシェフの僕がサイゼリヤでバイトするのか? 偏差値37のバカが見つけた必勝法
村山 太一 著

吉村博光(よしむらひろみつ)
大学卒業後、出版取次トーハンで25年間勤務。現在は、HONZや週刊朝日などで書評を執筆中である。生まれは長崎で、ルーツは佐賀。幼少期は福砂屋のカステラ、長じては吉野屋の白玉饅頭が大好物。美食家だった父は、全国各地へ出張するたびに本や名産品を買ってきた。結果として本とグルメに目がなくなり、人呼んで“美食書評家”に。「読んで、食らう」愉しみを皆様にお届けしたい。


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