【美食書評家の「本を喰らう!」】慣習を捨て、未来をつくる 『外食逆襲論』


吉村博光(よしむらひろみつ)
大学卒業後、出版取次トーハンで25年間勤務。現在は、HONZや週刊朝日などで書評を執筆中である。生まれは長崎で、ルーツは佐賀。幼少期は福砂屋のカステラ、長じては吉野屋の白玉饅頭が大好物。美食家だった父は、全国各地へ出張するたびに本や名産品を買ってきた。結果として本とグルメに目がなくなり、人呼んで“美食書評家”に。「読んで、食らう」愉しみを皆様にお届けしたい。

変革期を生き抜く条件とは

2019年10月に刊行された本だ。著者はまず、現在が「家業」から「産業」へと変貌を遂げた70年代以来の外食産業の変革期にあたっているという見方を示す。そして、50年前に変化に対応し外食産業の市場規模を約7兆円から約21兆円に押し上げる礎をつくった企業名を次々と挙げ、変革期がチャンスでもあることを暗示する。

古い価値観を捨て変化の大波に飛び込んだ企業が50年経ったいまも勝者として君臨している、というのは動かしがたい事実だ。それを受けて、本書の「はじめに」では最後にこう問いかける。「あなたはこの波に飛び込みますか?それとも、それを傍で見物する人になりますか?どちらを選びますか?」

逃げていると死ぬ時代

そう問われて、心が動かない経営者はいないだろう。この「はじめに」に続き、著者は現在の「変化の中身」と捨てるべき「古い価値観」について説明する。ここを読めば、外食産業がおかれている概況をつかむことができる。実にわかりやすく核心をついており、少しでも関心がある方は絶対に読んでおくべき考察だ、と私は断言したい。

手仕事が多すぎるなどの「生産性の低さ」によって、ブラック化がますます深まっていく。そのもとを糺せば、職人気質の古い価値観だ。12年間飲食店経営に携わった著者ならではの説得力がある。その後、飲食店の明るい未来を紙上シミュレーションしながらも、変化から逃げ続ければ死ぬ時代だと結論づける。

「商品」「場」「人」─飲食店の3要素

70年代はPOSの導入など今思えば非常にわかりやすい変革期だった。翻って、現在のポイントはどこにあるのだろう。それは、不可分に絡み合っていた「商品」「場」「人」という3要素がテクノロジーによって解体し始めている、という点だと著者は説く。リソースが限られていても、3要素のどれかを先鋭化させることが可能になったというのだ。

例えば、お客様にサーバーからビールを注ぐ体験をしてもらう一方で省力化を図る「商品」と「場」特化型の店などを本書では紹介している。要するに、テクノロジー導入の目的は効率化ではなく顧客体験の高度化にあり、そこを見誤ると、セルフオーダー化によって顧客単価低下を招くような失敗を生むという。

未来には無限の可能性が広がっている

著者は、高級とんかつ店「豚組」などの飲食店経営を経て、飲食店向け予約・顧客台帳サービスのトレタという会社を立ち上げた。ITで飲食店業界をアップデートし働く人を幸せにし、食文化そのものを豊かにする、という熱意はとても清々しい。結果、現在業界シェアNo.1となり海外進出中という有言実行ぶりである。

なお、トレタが中心となって「FOODIT」というカンファレンスを開催している。そこで5年前にヤフー取締役の小澤隆生さんが「これから日本でもデリバリーが来る!」と講演したという。ウーバーイーツを見ればわかるとおり、その未来はすでに現実のものだ。未来は思ったより早く来る。そして、その可能性は無限である。業界関係者必読の一冊だ。

外食逆襲論
中村 仁 著


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