吉村博光(よしむらひろみつ)
大学卒業後、出版取次トーハンで25年間勤務。現在は、HONZや週刊朝日などで書評を執筆中である。生まれは長崎で、ルーツは佐賀。幼少期は福砂屋のカステラ、長じては吉野屋の白玉饅頭が大好物。美食家だった父は、全国各地へ出張するたびに本や名産品を買ってきた。結果として本とグルメに目がなくなり、人呼んで“美食書評家”に。「読んで、食らう」愉しみを皆様にお届けしたい。
多くの読者は、本書に一筋の光明を見るだろう。「ファンベース」とは、「ファンを大切にし、ファンをベースにして中長期的に売り上げや価値を上げていくこと」だ。これだけ読むと、昨今、盛んに言われている短期的に優良顧客を囲い込む戦略のことだと思うかもしれない。でも、その目的や施策の内容は大違いなのだ。
まず本書では、ファンを「企業やブランドが大切にしている価値を支持してくれる人」と定義する。たくさん買ってくれている人がいたとしても、安さなどの機能価値だけで買っているとしたらファンとはいわない。情緒価値や未来価値などを含めた価値を支持し、高いLTVが期待され、周囲(類友)への広報も期待できる人のことだ。
本書では、まず最初の章で「ファンベース」の考え方を、わかりやすい漫画で紹介する。そして次章以降、ファンベースを実践する10の企業の「中の人」の活動を漫画で紹介し、対談やコラムで補足していく。いずれの企業も、取り組みの前に存在していた課題を解決していく過程なので、読んでいてとてもスカッとする。
なかでも必読なのは、第1章の「ファンベースさとなお集中講義」だ。これからの時代に、なぜファンベースが必要かビシバシ伝わってくる。論理的な内容を楽しい漫画で紹介しているので、これまでマーケティングをやったことがない人でもスンナリ入っていける。いやむしろ、感動のあまり、やる気に火がつく人が多いに違いない。
10ある事例のうち、ここでは読売巨人軍の例を少しだけ紹介しよう。ファンベースの取り組みを行ったマーケティング部は、出来立ての4人の部署だった。歴史ある企業なので、グッズ担当、野球教室担当、ファンクラブ担当など、短期的な目標が明確な組織に分かれていた。そのため、横軸で物事を捉えにくかったそうだ。
ファンベースは、中長期的な価値を生み出すのが基本だ。いきなり、社内にそれを理解してもらうのは難しかったため、関連部署の仕事を手伝いながら協力関係をつくった。そして、少人数のコアファンを集めたファンミーティングで他部署の社員がファンの熱狂に直接触れる機会ができ、社内の空気が変わったという。このような社員のファン化の重要性が、本書では度々強調されている。
他には、スープストックトーキョーや里山十帖のファンベース事例も紹介されている。料理王国webをご覧になっている方は、そちらもぜひ参考にされたい。ただ、自社のファンが大切にしている価値によって実施すべき施策は異なるため、真似はできない。自社のファンのことを知り、彼らにポジティブな期待を生み出すのがファンベースなのだ。
人口減少や高齢化社会で需要が落ち込む一方、高度情報化で情報が埋もれる世の中だ。従来の「宣伝をして、短期的な売上を獲得する」という手法は時代遅れになりつつある。確実に情報を取りに来てくれるファンに喜んでもらう。その姿をみて自社の社員が誇りに満ちた気持ちになったとき、次のステージに向かう一筋の光が見えるのではないだろうか。
ファンベースなひとたち ファンと共に歩んだ企業10の成功ストーリー
佐藤尚之 (著), 津田匡保 (著), おぐら なおみ/漫画 (その他)
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