2012年以来、二ツ星を獲得している宮代潔シェフは、表通りから1本はいった東京・銀座8丁目のわが城「カーエム」で、今シーズンも究極のジビエを供する。
それは、フルーテイーなシャンパンビネガーのソースで仕立てた「ぶどうの葉で包んだ山鶉のロティ」だったり、王道のソースでいただく「青首鴨のロティリ・ソヴァージュ添え」や「キジのロースト サルミ仕立て」だったり。食通を唸らせる「宮代のジビエ」に、昨年から新たに加わったのが「熊」である。
「信頼できる長野県の猟師さんが、おいしいから食べてみてください、とツキノワグマの肉を送ってくれたんです。それまでジビエとして扱ったことがなかったので、びっくりしました。ところが焼いた肉が本当に旨い。脂身も、なんとも芳醇な味わいなんです」
そして生まれたのが、「長野県産熊の赤ワイン煮込み、トリュフ入りじゃがいものピュレ添え」。熊をおいしく食べるにはどう料理するのが最善の方法か、徹底的に自問自答し、究極の答えを導き出す。それが赤ワインの煮込みというフランス料理定番の逸品となった。
長野県産 熊の赤ワイン煮込みトリュフ入りじゃがいものピュレ添え
日本のツキノワグマがこんなにエレガントで香り高い味わいなのか。感動のひと皿である。コラーゲンをたっぷり含んだ肩肉と肩ロースは、しっとりとした甘さに満ちている。体が温まり、肌がしっとりと潤う。そんな効用も感じられる冬の絶品ジビエ料理だ。コース料理の一品としてチョイスできる。
鍋にワインと肉の塊や野菜を入れて、ストーブの上で煮込み、昼間は家族で畑に出て働く。そして夜、家族全員でこのワイン煮をいただく。「フランス料理の根本は、華やかな宮廷料理ではなく、こんな家庭料理にあると思います」
穏やかな笑顔でシェフは語る。ツキノワグマを最もおいしくいただくには、この伝統的な赤ワインの煮込み料理だ、とシェフは確信したのだ。ブロックに切り分けた肉は、タマネギ、ニンジン、セロリ、タイム、ローリエと赤ワインを合わせたマリナード(つけ汁)に24時間つける。この下ごしらえのマリネが重要な工程である。
翌日、肉はローストし、野菜はよく炒め、マリナードを加えてひと煮立ちさせ、アクを取り除き、その後はコトコトと4、5時間煮込む。「肉のワイン煮に合うのはジャガイモですね」。トリュフを混ぜ込んだジャガイモのピュレを添えたツキノワグマの肩肉と肩ロースは、心に残るひと皿として、カーエムの華やかなジビエシーズンを彩る。
さらに、イノシシや青首鴨、雉など「宮代のジビエ」は、多彩を極めて冬のコース料理の逸品として食通に愛されるのだ。
「害獣」をおいしくいただくジビエ事情
ニホンジカ、イノシシ、カモシカ、ツキノワグマなどに関して、捕獲対策、防除対策を実行している県が多い。これは野生鳥獣による農作物や自然環境への被害が深刻化しているためで、「害獣」と言われる哺乳類の被害を食い止める対策である。たとえば、平成25年度の農林業被害が11億5000万円となった長野県では、捕獲対策に含めて、ジビエ復興対策に力を入れている。こうした背景のなか、腕のよい信頼できる猟師が射止めたツキノワグマが、宮代シェフのもとに安定的に送られてくるようになったのである。
カーエム
東京都中央区銀座8-9-19 伊勢由ビル6F
03-6252-4211
● 18:00~20:00LO
● 月休
● コースのみ12300円~
www.km-french.jp
長瀬広子=取材、文 依田佳子=撮影
text by Hiroko Nagase photos by Yoshiko Yoda
本記事は雑誌料理王国第244号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第244号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。