食の未来が見えるウェブマガジン「料理王国」

名匠のスペシャリテ「カーエム」宮代 潔さん


時代を超えて愛され続ける名匠のスペシャリテがある。
連載第17回目は、正統派フランス料理の老舗「カーエム」のオーナーシェフ宮代潔さんの「ぶどうの葉で包んだ山ウズラのロティ フォワグラづめ」。

「正統派のフランス料理を存分に楽しんでいただきたい」。この思いで東京・恵比寿に「カーエム」をオープンさせたのは26年前でした。4年前の2009年には、表通りから1本入った、ここ銀座8丁目に移転。「カーエム」は、オープンキッチン、12席の小さな〝わが城〞です。このビルの6階まで上がっていらっしゃった初めてのお客さまが、調理する私の手元をじっと見つめていらっしゃる。目を輝かせて……、そして、できあがった料理を、おいしそうに食べてくださる。このひとときは、まさしく料理人冥利といいましょうか。命つきるまでこの店のオープンキッチンに立ち続けたいと、心から思いますね。

もちろん、お馴染みのお客さまにお越しいただく嬉しさはまた、格別です。26年間も私の料理を召し上がってくださっている方には、ちょっと趣向を凝らした味わいで驚かせて差し上げたい、と思ったりもします。秋のメニューに登場する「ぶとうの葉で包んだ山ウズラのロティ フォワグラづめ」は、そんな気持ちを込めて「香りを楽しんでいただく」ひと皿として考案しました。甘い香りのするぶどうの葉は、地中海料理、とくにギリシャ料理でよく使います。これを4枚使って、フォワグラをつめた山ウズラを、しっかりと包み、ローストします。野生的な味わいの山ウズラ。3時間マリネしたフォワグラと、ブドウの葉の香り……。3つが豊穣なハーモニーを奏でる。このひと皿が秋の訪れを感じさせてくれる、とおっしゃるお客さまもいらっしゃいます。

心に深く刻まれ、長く生き続ける料理を

神奈川県・二宮で、祖父母も一緒の大所帯で育ちました。料理好きは母譲りなのでしょうか。母の手伝いをして台所に立つのが好きでした。62歳の私は、ずっと好きなことをして生きてきたのだとつくづく思いますね。フランス料理に憧れたのは、海外の料理本の影響です。料理学校を卒業して勤めたのは、機内食を作る会社でした。その頃、給料は2万7千円。フランス料理の本は1万円以上しましたが、本を買うのが楽しみでした。しかし、じつは実際にフランスで学ばなければ何も分からない。料理はその国の文化なのですから。お金を貯め、26歳でフランスへ。二つ星、三つ星のレストランに住み込みで働きました。

5年は働くことを目標にしましたね。なぜ、5年なのか。それ以上になると、あちらに腰が落ち着いてしまう。5年目の年に、働いていた三つ星の「エスペランス」では日本人初で唯一のシェフ・ド・パティシェを任されていました。私にとっては「当初の計画通り」。「日本へ帰る」と申し出ると、「給料が不満なのか。上げるから」と、引止められましたが、1982年に31歳で帰国しました。
当時はまだ、日本では本格的なフランス料理やフランス菓子は普及していませんでしたが、80年代中頃には、フランス帰りのシェフたちが活躍。フランス料理のレストランが注目されるようになりました。
私が目指しているのは、「心に残るおいしさ」であり、「力強さの中にもエレガントな気品を感じさせる料理」。このスペシャリテにも、それがあると自負しています。

ぶどうの葉で包んだ山ウズラのロティフォワグラづめ
9月のメニューに登場するスペシャリテ。ぶどうの葉の甘い香りをまとった山ウズラと、フォワグラのとろける味わいが舌の上で至福のハーモニーを奏でる極上の一皿。

宮代 潔 Kiyoshi Miyashiro
1951年、神奈川県二宮町生まれ。26歳でフランスへ。「ヴィヴァロワ」、「エスペランス」など三ツ星レントランを含む12店で研鑚を積む。料理のみならず製菓の技術にも秀で、「エスペランス」では日本人初にして唯一のシェフ・ド・パティシェという重責を担った。31歳で帰国。1987年、オーナーシェフとして「カーエム」をオープン。以来、「フランス料理の王道」を行く店と評され、多くの食通に愛されている。 2012年、2013年と二ツ星に輝く。

text 長瀬広子   photo 依田佳子

本記事は雑誌料理王国2013年10月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 2013年10月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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