【日本におけるフランス料理】語りたい100年史のひと皿3選(カーエム、ペリニィヨン、ラ・ターブル・ド・コンマ)


基本に忠実に、末永く記憶に残る味を提供したい

カーエム 宮代 潔さん

料理を最高の状態で提供するために、宮代さんはさまざまな角度からのアプローチを惜しまない、それには食器にもこだわりぬく。たとえばカトラリーはオープン以来、クリストフルの「アリア」を使用している。クリストフルの業務用を使っているところは多いが、高級ラインを使っている店は、そう多くはない。店内にはこつこつと集めた銀器も飾ってあり、クリストフル社の人が訪ねてきたときに、「クリストフル博物館のようだ」と感激したという。

「手にとったときのほどよい重量感や、ナイフの切れ具合、口に当たったときの感触、どれをとっても料理をしっかりサポートしてくれます。その分、手入れが大変ですけどね」

カトラリーは毎日磨く。宮代さんは見えないところに手間をかけることを惜しまない。もちろん料理は言わずもがな。フランス料理はともすると技巧に走りがちだが、基礎を徹底し、ひとつひとつのプロセスを大切にすれば、変に手を加えなくても最大限のうまさが引き出せるのだと。

基本と同時に、料理には創意工夫も必要だ。宮代さんがそれを学んだのはブルターニュの「シャトー・ド・ロンギュエノレ」。ブルターニュと聞くと魚介類が豊富かと思いきや、入手できるのは一度パリを経由した限られたもの、ほかの食材も思うように手に入らなかったとか。そこで、セルフイユはパセリを使うなど、手に入るもので代用することで、いかにクリエイティブに料理をつくるかを知ったという。

しっかりとした基礎の上に創造性を加えた料理は、オープン以来変わらぬメニューも多い。料理人として新しい料理を提供したいという思いがないわけではないが、常連客の「また、あれが食べたいんだけど」の予約が多く、結局変えられないのだとか。レシピもまた然り。「レストランだからこそできる、きちんとした料理を提供したい。日々プロとしてまっとうな料理を作り、お客さまに食べて喜んでいただきたい。それだけですね」。

肉とフォワグラとソース 力強いうま味を詰めたパイ包み

牛フィレ肉のパイ包み焼き、ウェリントン風

夏のメニューとして毎年お目見えする、牛フィレ肉とフォワグラ、デュクセルのパイ包み焼き。宮代さんがフランスに渡り、初めて知って衝撃を受けたメニューがこれ。「具材を焼いてパイで包んで、ソースや付け合わせをつくっ てと、手間がかかります。そして、それぞれの過程でていねいな仕事が要求されます」。

chef’s history

’51 神奈川県二宮町に生まれる。
’70 機内食製造会社、TFKに入社。
’77 渡仏。5年間にわたり「ヴィエイユ・フォンテーヌ」「ヴィヴァロワ」など13店で修業。当時三ツ星レストランでは日本人初のシェフ・ド・パティシエなど、主要ポジションを経験する。
’83 帰国。
’87 オーナーシェフとして恵比寿南に「カーエム」をオープン。
’03 「カーエム」を現在地に移転する。

text by Noriko Hane/photographs by Kazuo Kikuchi

ホスピタリティあってこそ、サービスのプロ

ペリニィヨン 明永正範さん

銀座一丁目で特に店の宣伝もせず、静かにお客を迎え続けて23年。お客のほとんどが常連客。隠れ家的な店ということもあり、企業のトップや文化人、芸能人も贔屓にする。

「ペリニィヨン」は、階下にある「ブラッスリー・ドンピエール」とともに、4人のサービスマンたちが資金を出し合って開いた店だ。代表の明永正範さんは17歳の時、フランス映画のギャルソンに憧れてサービスの世界を志した。以来、「レジャンス」や「レカン」などで接客経験を積み、「お客が喜ぶ真のサービス」を自然と身に付けてきた。さまざまなお客と出会い、言葉を交わすことが財産となって今があると話す。

「レストランっていうのは、意外とお客さんが望むことと店側にズレがあることが多いんですね。そのギャップがない店をつくることが僕らの務め。これは『ドゥ・ロアンヌ』で支配人として、シェフの井上旭さんと一緒に働いていた時代からずっと変わりません」

レストランは心癒されるべき場所。ホスピタリティのない人に、365日この世界は務まらないと明永さんは断言する。「ペリニィヨン」の客席シートは「3時間座っても疲れない」ように計算されている。お客の配置にしても、男性同士のお客なら隣の席に美人の女性客をご案内するのもサービスのひとつだと明永さんは言う。

「まず、今日どこの店に行こうかな?と考えた時、真っ先にわれわれの店を頭に浮かべてもらうサービスを心がけています。うちは料理もメニューを見て決める方は少ない。私は今日どんな食材があるかだいたい頭に入っていますから、お客さまのその日の体調や好みを察知して、料理や味付けを相談し、それを調理場に伝えます」

料理人主導型の店が多い日本ではめずらしく、「ペリニィヨン」は給仕人がお客をコントロールしている。「レストランは、お客さんをもっと楽しく遊ばせてあげないと。料理がおいしいのは当たり前なのですから」と明永さんは明るく笑った。

お客の体調や好みに合わせた料理でより満足度の高いサービスを

前沢牛のホホ肉 トリュフソース

店では前沢牛を1頭買いする。モモ肉は一回蒸してマデラ酒、コニャック、 ジュ・ド・トリュフとフォン・ド・ヴォーで煮込む。肉がしっとりとして非常に柔らかい。2代目シェフ「シェ・ウラノ」の浦野健次郎さんの時代から提供し、現在は青木健晃シェフが味を引き継ぐ。「この料理はたか子ちゃん(女優の松たか子さん)が好きな料理。小さい頃からご両親の松本幸四郎さんご夫婦と来ていただいています」と明永さん。

owner’s history

’51 福岡県に生まれる。
’72 専門学校在学中から「パレスホテル」に勤務する。
’73 六本木「レジャンス」、 銀座「レカン」、京橋「ドゥ・ロアンヌ」では支配人となる。
’84 独立して銀座「ペリニィヨン」、「ブラッスリー ・ドンピエール」オープン。
’88 門前仲町「アトリエ・ド・ペリニィヨン」「サロン・ド・ペリニィヨン」オープン。
’90 京橋「ドン・ピエール」オープン後、青山「ペリニィヨン」、神田「ルー・ド・メール」ほかグループ店舗を経営。

text by Kanami Okimura/photographs by Takeya Ono

自らの体験が食材に真摯に向き合わせた

ラ・ターブル・ド・コンマ 小峰敏宏さん

小峰敏宏さんといえば、フランス料理における野菜のエキスパートとして知られるが、野菜のみならず食材が本来持つ「力」にいち早く注目したシェフでもある。

小峰さんが、食材のなかでも野菜の質に興味を持つようになったのは、まだ1980年代初め、「アラン・シャペル」で働いていた時だった。当時のアラン・シャペルは入社試験の競争率が20倍という、憧れの存在。小峰さんも、開業2年前から就職活動を始め、無事、入社できた。私生活では高校時代の同級生と結婚し、娘も生まれ順風満帆な生活のはずだった。ところが、自身が原因不明のじんましんに悩まされる。子育て真っ最中ということもあり、食生活の見直しをアドバイスされた。そして、これまで食材の味には関心があったが、その栽培方法やそれらをとりまく環境に関しては無頓着だったことに気付いたのだ。

そうした思いを抱えながらも、本場でソースやジビエのテクニックを学びたいという長年の夢が叶い、渡仏。このフランス修業が、食材に対する意識をさらに深めることになった。「フランスの食材には力がある。とくに、キャベツなど地中海原産の野菜を食べた時に、〝地のものの持つ力〞に目覚めました。牛にしても、その土地に適したさまざまな種類の牛がいる。。自然や風土に逆らわずにつくる農産物は余分な農薬も肥料もいらないし、安全でおいしい。どんなに食材の持ち味を引き出そうとしても、食材自体に力がなかったらおいしい料理はつくれないのです」

帰国後、「ラ・ターブル・ド・コンマ」のシェフに就任すると、小峰さんはまず食材探しに力を入れた。「今でも娘たちに、うちの家族旅行はいつも塩づくりやキノコ栽培の見学だったと言われるんですよ」と笑う。

来年、同店は開業20周年を迎える。名店であり続けた背景には、自身の生活に根ざした視点から食材に向き合ってきた真摯な小峰さんの姿勢があった。

力強い生命力を感じさせる鴨と旬のアスパラガス

フランス・シャラン産鴨肉のローストとホワイトアスパラガス モリーユ茸のソース

豊かな味わいの鴨肉、かみしめると広がるアスパラガスの香り、濃厚なモリ ーユ茸のソースと、シンプルな構成だが印象に残る力強いひと皿。今シーズンの新作。鴨肉は応用がきくので好きな食材のひとつ。アラン・シャペル時代にもよくつくったという。太くしっかりとしたアスパラガスは15年前から仕入れている香川産。季節を追って、6月からは北海道産のものに変えていく。

chef’s history

’56 埼玉県に生まれる。
’76 小川軒が経営する青山「ブルック」に入社。
’81 神戸ポートピアホテル「アラン・シャペル」に入社。
’86 渡仏。「タイユヴァン」「ジョルジュ・ブラン」などで約2年修業して帰国。
’88 「ラ・ターブル・ド・コンマ」のオープンと同時にシェフに就任。

text by Toshie Shimizu/photographs by Takeya Ono

本記事は雑誌料理王国155号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は155号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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