コロナ禍の営業自粛や時短営業の影響もあり、動画配信サービスを開始する飲食店が急増した。SNSは、広く訴求できる便利なツールではあるが、集客や売上にうまく結びつかず運用に悩むことも多いようだ。そこで今回は、いち早くYouTubeで動画配信を始め、約48万人の登録者数を誇る人気チャンネルの運営をするシェフロピアこと、長野市のイタリア料理店「リストランテフローリア」のオーナーシェフである小林諭史さんにSNSの活用方法について伺った。
小林さんがチャンネルを開設したのは2014年11月。ユーチューバーという言葉が注目され始めたが、実際に動画を投稿する人はまだまだ少なかった時期だ。きっかけは、趣味で配信していたゲーム実況。同じ趣味の仲間が広がり〝ネット上のつながり〞のすごさを感じたという。
「その頃、お客さんの声で料理教室を実施していたのですが、店に集まってもらうとなると実質10名がやっと。ネットを活用すれば、もっと多くの人に料理の楽しさを伝えられるんじゃないか」
まずは、カルボナーラやボロネーゼといった定番メニューの作り方をレクチャーする動画を5本作成した。機材はスマートフォン。手探り状態ながらも投稿すると、視聴者から「やってみたよ」「おいしかった」というコメントが届くように。
「伝わったと実感できて、嬉しかったですね」
それ以降の投稿では、視聴者からの反応を見ながら試行錯誤が繰り返された。動画はコメントでリクエストされた料理を中心に投稿。家庭でも作れるようにアレンジした簡単なレシピに加え、わかりやすい説明や小林さんの飾らない人柄、仲の良いスタッフとのアットホームな雰囲気にじわじわと人気が高まり、スタートから約3年後の2018年に100万回再生と登録者1万人を達成した。その後は、目を見張る速度で視聴者を増やしていく。
「視聴者が増えたことはめちゃくちゃ嬉しいけど、僕はそこを目的にしていなかった。大切にしてきたのは楽しんでもらえているか、みんなが見たいものに対してアンサーを出せているか。コメント欄でのやりとりが楽しかったこともありますが、視聴者の反応はすべて見逃さないようにしていました」
小林さんのもとにはSNSについての相談も多く寄せられるが、運用で悩む人は目的が明確になっていないケースがほとんどだという。SNSにおいてフォロワー数は重要ではあるが、捉われすぎると本来の目的を見失いがちだと指摘する。
「誰に何を届けたいのか。これに尽きます。僕が始めた時は競合がほぼいなかったけど、今は違う。みんな発信する時代になった。僕が今から始めるなら近隣のお客さんへ向けた動画にします。SNSの最大の魅力は、見てくれる人との距離をぐっと縮められることだと考えているからです。とくに動画は、画像や文字だけの情報よりもずっと親しみを感じてもらえるツール。例えば、今日のおすすめや、取り組んでいることについて報告します。発信することで何を求めるのか。その軸さえしっかりあれば、運用もブレないはず」
料理の楽しさを伝えたいという目的は今も変わらないが、視聴者が増えたことで自身の役割についても考えるようになったという。
「地方の個人店でもできることがたくさんあると伝えたいですね。あとは、僕はなりたい職業の上位に料理人が入っていないことに納得できないんですよ。『料理の鉄人』世代としては、すごいシェフがたくさんいることを今の若い子たちにも知ってほしい。カッコいい職業なんだぜって言いたい。僕のチャンネルは若い層が多く見てくれているので、今の目標は料理業界に興味を持ってくれる子を増やすこと。若い人が輝いていない業界は未来がないですから」
● チャンネルのコンセプトは?
今はメインチャンネルでは料理に関する知的欲求を満たす内容を中心に投稿しています。
● サムネイルやタイトルの付け方は?
これはとても大事で僕も模索中。チャンネルのカラーにより打ち出し方が異なる部分。僕はパッと見た時のイメージと内容が矛盾しない、簡潔さとわかりやすさを重視しています。
● 作り方よりも楽しさを伝える
料理動画が増えた今、作り方そのものよりも料理する楽しさを伝えることをポイントにしています。スタッフ全員で同じメニューにチャレンジする「まかないシリーズ」は、そこから生まれた人気企画。楽しみながらも実はみんな結構本気。真剣にやるからこその面白さです。
動画再生数の内訳は、約半数が検索からの自然流入とのこと。家庭でも作るメジャーなメニューは再生回数を伸ばすが、カルボナーラはその中でも別格で視聴者からの反応がいいという。チャンネルでは生クリームあり、なしの両方を紹介している。
一人の時などは三脚でカメラを固定して撮影。手元の細かい動きが見やすい画角と、全体の動きが見える広い画角で用意する。撮影以外のテロップ入れなどの編集作業もすべて小林さん自身が行っている。
表現に物足りなさを感じて、徐々にそろえていったという機材。現在はデジタル一眼(LUMIXGH4、ソニーα)と業務用ビデオカメラ(CanonXF400)、GoProなどを撮影シーンに合わせて使い分けている。
動画をきっかけに、2020年には念願のレシピ本を2冊出版。数々の著名なシェフとも親交を結び、コラボ動画で大きな反響を呼んでいる。料理仲間を集めたサロンでは新たな企画を計画進行中だという。今後の展開からも目が離せない。
Akifumi Kobayashi
1980年、長野県生まれ。24歳で食の世界へ飛び込み、各地のイタリア料理店で修業を重ねる。2013年に「リストランテ フローリア」の料理長、2016年にオーナーシェフに就任。2014年より運営するYouTubeチャンネル「Chef Ropia料理人の世界」は、チャンネル登録者数47.8万人※、動画総再生回数8689万回※を誇る(※2021年1月末時点)。
text 君島有紀 photo 依田佳子
本記事は雑誌料理王国315号(2021年4月号)の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は315号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。