日本一旨い!?高校生がつくるトップシェフ達に愛される年間100頭の希少な豚肉


雑味がなく、旨さが持続する。
年間100頭の希少な豚肉

高校生が育てた豚肉がある――。
「愛農ナチュラルポーク」を初めて知ったのは、2014年の初夏のこと。大阪・北浜のフレンチレストラン「エッサンシエル」の大東和彦シェフの紹介だった。ストレートで雑味がなく、旨味が持続していく。その旨さが特に印象に残った。
「三重県にある愛農学園農業高校の養豚部の生徒さんたちが、授業の一環として育てているんです」と、大東シェフ。1年後、その名前を東京でも聞くようになった。
三重県伊賀市にある愛農学園農業高校(以下、愛農高校)は、1963年に設立された全国唯一の私立の農業高校である。全寮制で、有機農法による循環型農業を学び実践している。この学校の養豚部で飼育された豚が愛農ナチュラルポークである。


年間100頭にも満たない豚肉を販売するのは、滋賀県草津市にある精肉店「サカエヤ」だ。社長の新保吉伸さんがこの豚肉の名付け親でもある。新保さんが愛農高校の豚肉に出会ったのは、3年前のこと。
「『どうしても食べてみて欲しい』と紹介されました。愛農高校の存在すら知らなかったのですが、とてもおいしくて驚いたんです」
新保さんは、すぐに愛農高校を訪ねた。生産者に会い、農家を見ることが大切なことと考えるからだ。
「いいな、と思ったのは、生徒さんたちがしっかりとあいさつしてくれたこと。生産者の生き方は、そのまま豚や牛に投影されますから」

飼料は生徒たち自ら配合したもの。飼育に際し、薬は原則的に使用せず、自然に近い環境で育てる。豚舎で育てる母豚は、10頭ほど。3年生が農場の経営にあたる。写真は仔豚を抱く
横井和花子さん(2年生)。

愛農ナチュラルポーク DATA

産地 三重県伊賀市 (愛農学園農業高校)

飼育環境 豚舎

品種 LWD の三元交配豚

飼料 穀物飼料に加え2015 年度は飼料米を導入

さっそく信頼するシェフたちに愛農高校の豚肉を送った。「新保さん、すごい豚だね。こんなに旨い豚は初めてだよ」。どのシェフもそんな答えを返してきたという。
それから1年は、品質を向上させるため愛農高校とともに試行錯誤を重ねた。そして2013年、愛農ナチュラルポークの販売を開始した。
「私は、牛が本業。豚で儲けようとは思わない」と、価格面では他のブランド豚より割安に設定した。

愛農ナチュラルポークの骨付きロース。「脂身が分厚いですが、ここが旨いのでこのまま出荷します」と新保さん。

生産性を重視しないから
伊賀の山中で穏やかに育つ

「教育の一環として育てられるものなので、当然生産性は度外視。肉屋にとっては、入荷が安定しないのが厳しい」と新保さんは本音をもらす。
生徒たちが母豚の発情を見逃し、種付けを失敗したり、出荷の予定を見誤ったり。通常の取り引きではあり得ないようなことも起きるが、「愛農ナチュラルポークは、それとかけ離れたところで育てられているからこそ旨い。だから慣れるしかないんです」と新保さんは笑う。

何も特別なことはしていないのに旨い理由は、愛農高校の環境にある。

株式会社サカエヤ◦新保吉伸さん

Yoshinobu Niiho
1961年京都府生まれ。株式会社サカエヤ代表取締役。本業は牛肉で、「豚肉で儲けようとは思っていない」と語る。フランスのイヴ=マリ・ル=ブルドネック氏(「ラ・マルティーヌ」オーナー)との交流も深い。(株)サカエヤの社長日記「牛肉魂」(www.omi-gyu.com/blog/)


”生産の常識”から離れる。入荷の時期も量も不安定なこともあり、今は使うシェフの理解も不可欠だ。
「愛農ナチュラルポークのことはもちろん、私の考え方に共感していただけるシェフにお出ししています」
新保さんが「世界で一番旨い豚肉」と自信を持って明言するポーク。その旨さの秘密は何なのか。

愛農ナチュラルポークの骨付きロース。ごく稀に少量ではあるが、サカエヤの通販サイト「近江牛. com(www.omi-gyu.com)」での一般発売や、「わくわく定期便」で販売されることも。


愛情を込めて育てるから? 愛情を込めずに育てる生産者がいるだろうか。飼料や環境も、もっと良い農家はある。投薬ゼロも珍らしくはない。品種もLWDの三元豚で、ごく一般的だ。それなのになぜ、多くのシェフを魅了するのか。
「豚を育てる環境にあると思います。まずは、私と同じように愛農高校に行ってみることです」――。

「良い育ち方をしたおいしい豚です」。と言って、ゲストのみなさまにお出ししています。

イル・ジョット◦高橋直史さん

愛農ナチュラルポークの炭火焼き
東京・駒沢大学のイタリアン「イル・ジョット」では、骨付きロースをサカエヤから仕入れている。「作り手の想いを知れば、料理が変わる」と、オーナーシェフ高橋直史さん。「高校生のチャレンジを、僕らの立場で支えていくという意味もある」と、若い生産者を応援する。写真は骨つきロース400g1皿分で320円。炭火焼きの野菜とポテトのフライを添えて。

携帯もゲームも禁止
生徒と豚は仲の良い友だち

愛農高校は、三重県伊賀市の山中にある。全校生徒は56人。とても小さな高校だ。養豚部に所属するのは2、3年生合わせて6人である。
「こんにちは!」と元気な声であいさつをしてくれたのは、3年生で養豚部の部長・大西一馬さんだ。
「毎年テーマを設定して、1年間活動していきます。新3年生の僕たちは、『飼料米』をテーマにしました」

放牧にしても、飼料米にしても
味への影響は、ごくわずか。
豚の味を決めるのは愛農の環境ではないか。

株式会社サカエヤ◦新保吉伸さん


二種混合のトウモロコシを中心とした穀物飼料のうち、2014年12月から15
%を飼料米に代えて飼育。春からは、飼料米の自給も目指し、11アールの田んぼで田植えから収穫まで行う。「飼料価格が上っているので、経費を削減するためにもやってみようと思いました」と大西さん。
昨年のテーマは「放牧」。飼料米にしろ、今の農業のトレンドを的確に取り入れたテーマ選びに驚かされる。
「新しいことに興味がある年代ですから、社会に対して敏感なんだと思います」と、村上守行教頭は話す。
豚舎では常時10頭ほどの豚を飼育しており、基本的には部員一人が飼育を担当し1週間ごとに交代する。
豚にストレスをかけないように育てる。これは、畜産農家でよく聞かれる言葉だ。とくに豚は神経質で、周囲の状況に敏感なため、飼育環境
が重要視されている。

料理に興味があるので、加工品に挑戦したいです。ベーコンやソーセージを作りたい。

愛農高校2年生◦ 森岡稜さん


「豚のお尻を見てください」と同じ3年生の岩崎一将さん。くるんと丸まった可愛いらしい尻尾が見える。
「豚はストレス解消のためにほかの豚を噛んでしまうから、普通は、尻尾を切ってしまうんです。傷口から病気になることもあります」。つまり、愛農高校の豚はストレスがないから、尻尾を切る必要がないのだ。

愛農高校養豚部の生徒たちに囲まれる豚。出荷に近く、体重は100㎏ほど。右から大西さん、岩崎さん、横井さん、崔さん、森岡さん。3年生の徳島航太郎さんはこの日は欠席。2015年度の計画では100頭を出荷する予定。現在雄豚がおらず、候補豚の中から選び、自然交配で妊娠・出産を目指す。


新2年生の崔承哲さんは、「豚を育てたかったんです。だってあんなに可愛いんですよ!」と、養豚部に入った理由を若者らしい笑顔で明かす。時折じゃれあいながら育てる。養豚部の生徒にとって豚は、遊び相手の”ひとり”なのかもしれない。

高校の農場は、搾乳牛が20頭、採卵鶏2000羽、母豚10頭を飼育し、果樹園は50a、野菜
栽培は70aの生産規模で、校内自給率は70%にもなる。この日の夕食は、愛農ナチュラル
ポークのミートソーススパゲティ。牛乳、キウイも高校でとれたものだ。こうした愛農高
校の取り組みは、「フード・アクション・ニッポン2011」で評価され、大賞を受賞した。


「愛農高校では、携帯電話やゲームの使用を禁止しています。同世代の高校生とはすこし違う環境にいるといえますね」と村上教頭。
「テクノストレス」という言葉もあるように、現代人は情報に追いかけ回されている。豚に直接的に与えるストレスもそうだが、生産者の精神

愛農高校には、養豚部のほか、酪農部(乳牛の飼育など)、養鶏部(鶏卵の採取など)、作物部(米作り)、果樹部、野菜部があり、2年生から専門の部を選択する。

愛農学園農業高校
AINOU AGRICULTURAL HIGH SCHOOL

三重県伊賀市別府690

TEL:0595-52-0327 www.ainou.or.jp/gakuen

状態、つまり生産者が間接的に豚にストレスを与えていることもあるのかもしれない。伊賀の山中では、車などの騒音も一切聞こえない。
校内に入ってすぐに感じたことがある。それは、時間が静かにゆっくりと流れていること。この日は土曜日の夕方。授業を終えた生徒たちがバスケットボールで遊んだり、中庭で笑いながら談笑したりしている。
愛農ナチュラルポークの旨さの秘密とは? それは、現代に生きる私たちが忘れてしまった穏やかな日常風景の中で、人間と豚が一緒に育っていることなのかもしれない。

将来は養豚関係の仕事に就き独立して農場を経営したい。
地域循環を目指した農場が夢です。
愛農高校3年生◦ 大西一馬さん

サカエヤ SAKAEYA

滋賀県草津市追分南2-1-7

TEL:077-563-7829

● 10:00~19:00
● 水・第2、3木休 (祝は営業) www.omi-gyu.com

本記事は雑誌料理王国251号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 251号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

江六前一郎=取材、文 村川荘兵衛、佐々木美佳=撮影


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