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「パティスリー界のピカソ」ピエール・エルメが伝授する、成功の秘訣とは?


「時代のニーズ」に応えるのでは、すでに「時代遅れ」
新しい試みを提案して、ゲストの味覚に合うデセールを

パリと東京を拠点に多店舗を展開し、つねに斬新な企画と完成度の高い味を追求するピエール・エルメさんは、今、世界が注目するパティシエ、ショコラティエのひとりだ。芸術性の高いデセール(デザート)、あるいは超一流のシェフたちとリサイタル形式のコラボレーションディナーを開くなど、独自のアプローチから、「パティスリー界のピカソ」とまで言われる。そんなエルメさんが、東京・青山の「ピエール・エルメ・パリ 青山」のオープン10周年を記念して、「バー・ショコラ」をリニューアルオープンした。
斬新な提案は、ショコラ好きのゲストたちを虜にするのだろうか。

チョコレートの味覚の旅をゲストに体験してほしい

──青山店の開店10周年、お祝い申し上げます。青山という地の利は情報発信には打ってつけで、流行に敏感な街です。ここで新たな試みをスタートされたそうですね。

ありがとうございます。たしかに10周年というのは、ひとつの区切りですが、10周年だから特別なことをしようというのではなく、ゲストを喜ばせたいという思いはつねにあり、これまでも新しいことへのチャレンジを続けてきました。これからもそのスタンスに変わりはありません。

バー・ショコラで 3 月末まで提供されていたデセール。メニューは 3 カ月ごとに変わる予定だ。温かいチョコレートソースをかけ、フランボワーズの果実、ソルベなどと楽しむ「サンサシオン クロエ」には、やや酸味の強いチョコレートを使用。

──今回の試みについて教えていただけますか?

青山店は1階がブティックで、2階がバー・ショコラになっています。バー・ショコラは、チョコレートやケーキのほか、さまざまなドリンクを楽しむための空間ですが、そこで、レストランで提供されるようなデセールを味わえるようにしました。
しかも、そのデセールを選ぶ際、自分のチョコレートの好みで決めていただけるんです。ゲストは注文する前に4種のチョコレートをテイスティングでき、その中から自分が「一番好きだ」と思うタイプを決めます。すると、チョコレートのエキスパートである「アンバサダーショコラ」が、そのチョコレートを使ったデ
セールをご案内する、というシステムになっています。

クリエイティブなショコラティエには、食文化や歴史、素材などに対する幅広い知識が求められる。

昔はミルクチョコレートとブラックチョコレートの区別しかなかったが、今は、カカオの産地
やパーセンテージの異なるさまざまなチョコレートが多数販売されている。「バー・ショコラ
では、その違いをゲストに実体験してもらいたい」と語る。

──自分の嗜好を認識し、それに合わせたデセールが味わえるというのは、新しいだけでなく非常に特別感がありますね。

そうなんです。しかも、そのデセールの仕上げをパティシエが行いますから、本格的な味を堪能していただけると思います。店内に流れるBGMはオリジナルサウンドで、美しさと機能性を備えたテーブルウエアなど、大人の空間創りにもこだわりました。ここでのゲストの体験を、われわれは「チョコレートの味覚の旅」と呼んでいます。

──なぜ、そのようなことを思いつかれたのですか?

パリでも日本でも高級チョコレートは人気で、ひとつのブームにもなっています。今やチョコレートは、大切な方へのプレゼントの筆頭にも挙げられるのではないでしょうか。
また職業としてのショコラティエが注目されるなか、一般の方々のチョコレートに対する知識量も増えています。ところが、その知識に体験が伴っていないように思えます。
実際、チョコレートは、カカオの産地や含有率の違いによって、香りや味、食感が変化します。それを体験していただくことによって、チョコレートへの関心が高まり、もっとチョコレートを好きになってもらえるのではないかと考えたんです。

勉強に終わりはなく、私は今でも学んでいます。
学び続けると、次々にテーマが生まれます。

──そうした発想の源は何ですか?

新しいアイディアが、いつどのように生み出されるか。それにはルールも規則性もなく、ひねり出そうとして出るものではありません。ひとつ言えることは、考え続けるということではないでしょうか。すると、思いがけない時に新発想が生まれる。
たとえば先日も、新しいケーキの着想を得たのですが、それはケーキとは無関係のミーティングの最中に起きました。「退屈だから、ほかのことを考えよう」と思ったら、ケーキの絵やレシピが浮かんできた。退屈な会議も、無駄とばかりはいえないことを発見しました(笑)。

バー・ショコラで 3 月末まで提供されていたデセール。メニューは 3 カ月ごとに変わる予定だ。サクサクしたパイ生地とマスカルポーネクリームとの食感の違いが楽しい「ミルフィーユ」には、芳醇な香りのブラックチョコレートとカラメルを使用。

──考えることが習慣になっているのですね。

ええ。ただし、会社のオーナーとしてものを考える場合と、クリエイターとしてものを考える場合とでは、スイッチの切り替えが必要です。
経営者として新規事業に乗り出す際には、アイディアの新しさだけで進むのは危険な場合もあります。経済は世界の出来事や自然災害などにも大きく影響されますから、時代や市場の分析、調査などが求められるのです。
いっぽう、クリエイターとして新しさを追求するなら、「時代のニーズに応えていたのではもう遅い」というのが私の考え方。つまり、「今、このような傾向でこれが求められているから、それに応えるものを作ろう」と行動を起こしたとしても、それはすでに時代遅れだということです。本当の新しさは、もっと別のと
ころにある――私は、つねにこのことを忘れないようにしています

過去の10年より、先の10年
技術や感性を磨くのは自分

──クリエイターとして悩んだり、行き詰ったりしたことはないのですか?

新しいことを考えるのに規制はありませんから、行き詰ることはありませんよ。苦しかったり、思い悩んだりしてしまうのは、むしろ、人々のニーズに応えようとしすぎる結果ではないでしょうか。

タイプの異なるチョコレート(右)の試食をゲストにすすめるアンバサダーショコラのエミリーさん。試食用のチョコレートは季節によって変わることも


──強く影響を受けた人はいらっしゃいますか?


いろんな場面で、多くの人から影響を受けていると思います。私はフランスのアルザス地方のパン屋の4代目として生まれました。当然、両親の影響も大きかったと思います。最初の修業先のオーナーで、偉大なパティシエと評されたガストン・ルノートルからは、徹底的に基本を叩き込まれました。そのように基本となる技術は修業中に学ぶことができますが、さらに技術や感性に磨きをかけるための勉強は、自ら進んでしなければなりません。


──どのような勉強をすべきなのでしょう?


ひとつはフランスの食文化やパティシエの歴史の勉強。素材に対る理解を深める必要もありますから、生産者を訪ねて話を聞く機会を持つことも重要です。勉強に終わりはなく、私は今でも学び続けていますし、学び続けると、次々にテーマ
が生まれてくるのです。

──そういう知識や経験がクリエーションの土台となっているんですね。


そうかもしれません。多くのことを学んで、知識の層が厚くなってくると、「注目を浴びたい」とか「人を驚かせたい」というより、「自分の考えや思いをどうしたら作品に活かせるか」という、真の目的と向き合うことができるのです。

──パティシエやショコラティエにとって大切なのは、基礎力よりも感性と思って修業している人も少なくないようですが……。

パティシエやショコラティエには華やかなイメージがあるのでしょう。たしかに以前からそういう傾向はありました。
80年代半ば、私がシェフパティシエを務めるレストランには、職を求めて若者が訪れ、その多くは自分の作品として、手の込んだシュガーアートなどの写真を持参したものです。当時は装飾がブームでしたから。アーティスティックな作品でアピールしようとする気持ちもわからなくはないですが、大切なのは装飾より
もケーキの味。私は訪れるパティシエひとりひとりに、「あなたは本当においしいケーキが作れますか?」と問いただしたものです。

バー・ショコラで 3 月末まで提供されていたデセール。メニューは 3 カ月ごとに変わる予定だ。シューとヘーゼルナッツクリームの組み合わせが印象的な「デリス デリール」。用いられたのはナッツの香りとバターのような口どけが特徴のチョコレートだ。

──エルメさんの後に続く若手たちには、やはり基本を大切にしてほしいですか?


それと好奇心です。私は「成功」という言葉を使うのは好きではあませんが、よく「成功の秘訣は?」という質問を受けます。その答えもやはり、好奇心ということになるでしょう。過去10年がどうであったかよりも、この先10年どうなるかが興味の対象で、それもまた好奇心の成せる業だと思います。
若い人だけでなく、私と同世代の人たちにも「同じ気持ちで仕事を楽しみましょう」とメッセージを贈りたいです。

Pierre Hermé
1961年、フランス東部のアルザス地方に、パン屋の 4 代目として生まれる。14歳からガストン・ルノートルのもとで修業を始めた。24歳で「フォション」のシェフパティシエに就任。1998年、「ピエール・エルメ・パリ」で独立した。その後、パリと日本に店舗を増やし、現在、フランスに14店舗、日本に14店舗を構えるほか、イギリス、香港など10カ国で展開中。

ピエール・エルメ・パリ 青山
PIERRE HERMÉ PARIS Aoyama

東京都渋谷区神宮前5-51-8
ラ・ポルト青山1・2F
☎03-5485-7766
● 11:00~20:00( 1F Boutique)
12:00~20:00(19:30LO)
(2F Bar chocolat・14席)
●不定休
www.pierreherme.co.jp

上村久留美=取材、文 依田佳子=撮影

本記事は雑誌料理王国251号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 251号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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