旬と瞬間をとらえた料理を、「家」で大切な人に作るのと同じように心を込めて「セザン」


アジア4位、元三つ星の最年少スーシェフが生み出すフレンチ

華々しいキャリアを重ね、フォーシーズンズホテル丸の内 東京の食、全体を統括する立場の総料理長が、専門学校を卒業したばかりの20歳のスタッフの横に立ち、嬉々としてミニトマトの皮をむく。33歳でラグジュアリーホテルの食を一任されたダニエル・カルバート氏の姿からは、どんな立場になろうとも、そんな手仕事が、大好きなのだ、という思いが伝わってくる。もちろん、闇雲に職人肌なわけではない。「指示が的確で、なぜその仕事をするのかがとてもよくわかる」と、若いスタッフは目を輝かせる。一つ一つの皿が、数限りない細かい手仕事の集大成とも言える「セザン」の料理の数々は、そんな信頼関係から生まれている。

初夏に提供されていた白エビと白アスパラガスの一皿。白エビの周りには、わずか数ミリに切った白アスパラガスのスライスが丁寧に巻かれている

ニューヨークの三つ星「パ・セ」で史上最年少スーシェフに、アジアのベストレストランで4位を獲得、などという華々しいキャリアは、ハードワークの賜物だ。「世界で一番優れたシェフだとは思ったこともないけれど、誰よりも早く起きて厨房に向かうことができる」毎朝4時台に起きて、仕事は朝6時前に全員でスタートする。カルバート氏が作るのは「そうでないと成り立たない料理」だからだ。
若くして能力が認められ、エグゼクティブとして格別の待遇を受けてきたニューヨーク時代。それでも、そこに安住せず「フランス料理をやるのなら、本場フランスの最高のレストランで学ぶべき」と、パラスホテル「ル ・ブリストル」のメインダイニングで、エリック・フレション氏率いる三つ星「エピキュール」へ。当時はフランス語が話せなかったため、職を得るために、コミからのスタート。「パリのちっぽけな部屋は、ニューヨークの部屋のバスルームくらいのサイズしかなかったし、給料は安かったし、何よりフランス語がわからなかった。最初の数ヶ月は最悪だった。でも、この判断は、人生の最良の判断だったと思っている」。

それはなぜか。

「本当の意味で『料理をする』ということを学んだから。フレションさんのスタイルは、アラミニッツ、その場で料理をしていく。その方がオペレーション上安全だから、と言って、3時間前にアスパラガスを茹でる、なんてことは絶対にしない。実際に、アスパラガスを茹でるのなんて、わずか数分だし、出来立ての味と香りは格段に違うのです」。

この時準備をしていたのは、「エアルームトマトタルト ガーデンバジルとブッラータチーズ」。朝からミニトマトをドライトマトにし、タルト生地を作り、細かい角切りと薄切り、2通りに切ったズッキーニに火を入れ、トマトのゼリーを作り、8層ものレイヤーにして行く。出来上がるのはランチサービス直前の11時30分だ。「もちろん」夜の営業用には、また新しく作り直すという徹底ぶりだ。

トマトのタルトを持つ、マネージャーのシモーネ・マクリ氏

そんなできたてのトマトタルトは、切り分ける前に丸ごとのプレゼンテーションが紹介され「自分たちのために作ってくれた」感が一層上がる。そして、美しくカットされた断面を楽しんだ後は、テーブル上でブッラータチーズのクリームをかけて提供される。

トマトタルト カット

「セザン」とは、カルバート 氏がよく子供時代に夏を過ごしたシャンパーニュ地方の地名からついた名。この日は緊急事態宣言下でアルコール提供のない時期だったが、カルバート氏も大好物という、すっきりとしたブラン・ド・ブランのシャンパンに合わせたら最高だろう。さっくりとしたタルト生地に、夏野菜の食感と香りが生きる。ミニトマトはセミドライにしただけだそうだが、凝縮した甘味が素晴らしい。生地はボルディエのバターを贅沢に使ったさっくりとした折パイ生地だ。

「日本料理は、旬が短い季節の食材を大切に、精密なテクニックで仕事をする。それと同じことをフランス料理で実現したい」

その言葉通り、季節の料理が次々に登場する。東京で提供する「鯖」や「長野県産軍鶏のポシェ」など、目を惹く料理はあるものの、「シグネチャー」とは決して呼ばない。1ヶ月ぶりの訪問だったが、アミューズとプレデセール以外は、全く違う新しい料理。とはいえ、ラディッシュとバターを合わせたアミューズの「ラディブール」にしても、訪れる度にマイナーチェンジが行われ、常に進化していっているのだから、「同じ名前がついている異なった料理」というべきかもしれない。

クリーミーな夏の牡蠣を使った新作の「厚岸牡蠣 コシヒカリ米 オゼイユ」は、ポーチした牡蠣に、オゼイユを入れたリゾット、クリーム、牡蠣のエキスのゼリーを重ねたもので、牡蠣の素晴らしい旨味の余韻が楽しめる。

フォワグラのテリーヌには、いきいきとした酸味の旬のプラムが添えられ、サイドには新しくエジプトの塩が。岩塩をナイフで切り出したような形が印象的なこの塩、マグネシウムのえぐみがあまり強くなく、塩味そのものも穏やか。サクサクと新しい食感を与えてくれる。こうして、少しずつ季節に合わせて変わっていく「今しか食べられない」料理。

例えば、最後のミニャルディーズには、ラベンダーのシーズンだけ、北海道から届いたラベンダーを入れたマドレーヌが提供される。もちろん、焼き立てだ。

そんな一瞬の「旬」を捉えたいと考えているのと同時に、カルバートシェフが捉えたいのが、「瞬」つまり、食材が一番おいしい瞬間をテーブルに届けることだ。それは、鮨屋の大将が「寿司を握った瞬間に食べてほしい」と思う気持ちに近いのだろう。

タリアテッレ

例えば「タリアテッレ オーストラリア産黒トリュフ」。手打ちのタリアテッレに、刻んだ黒トリュフとパルメザンウォーター、バター、100%天然トリュフを使った自家製トリュフオイルで和えた料理。「確かに、テーブルサイドで削る方が『映える』かもしれないけれど、削っている間に、パスタは冷めてしまうし、トリュフとパスタのバランスも微妙に違ってくる。日本人は、『多ければ多いほどいい』というのではなく、適正なバランスであることを大切にしていると思う。それに、何よりトリュフはこうして刻んで混ぜ込んだ方が、おいしいでしょう?」確かにその通り。直前に刻んだばかりのトリュフが熱々のパスタやバターと混ざりあって、温度が上がり、香りが最高潮に解き放たれた瞬間にテーブルに届くのだから。もちろん、食べる側も、その瞬間を逃さずに食べたいものだ。

「握り寿司と同じレベルで、口に入れた瞬間に完璧な味とバランスを持っている、一口一口を、そんな風に感じてもらえる料理を作りたいと思っているのです」カルバート氏が考える「日本らしい」フランス料理の第一歩は、そこにある。

ホロホロ鳥

「秋田県産ホロホロ鳥 ソーテルヌとフォアグラソース」雌のホロホロ鳥は、1週間ドライエイジングして、贅沢にボルディエバターを塗りながらオーブンで数分ごとに出し入れしながら焼き上げる。「だって、食事に合わせておいしいバターは、料理に使ってもおいしいでしょう?」

ソースは2種類、ソーテルヌのソースは、ホロホロ鳥のジュに、マッシュルームやエシャロット、そしてボルディエバターとクリームを合わせたものに、コニャックを香らせたもの。クリーミーさと旨味、優しい甘味が主体のソース。
そこに合わせるもう1種類は、ホロホロ鳥のジュにマディラワインを加えた凝縮させた上で、フォワグラをモンテした、しっかりと凝縮感のあるソースを合わせることで、優しい味わいのホロホロ鳥とソーテルヌソースの輪郭をはっきりとさせ、まるでミルクとエスプレッソでラテを作るようなマリアージュが誕生する。酒類提供禁止期間中だけに、マネージャーのシモーネ・マクリ氏と、空想上のペアリングについて話し合い「ドン・ペリニョンのP2と合わせたい」とうなずきあった。そう、ここのセラーには素晴らしいビンテージを含めた数多くのシャンパンが眠っている。

香港時代のシグネチャー、鳩のピティヴィエ(カルバート氏提供)

また、カルバート氏は、真空低温調理器を一切使わず、古典的な手法での火入れをする。香港「ベロン」時代にシグネチャーだったパイ包みは、厨房で手折りしたパイ生地に、予め火入れをしない、生の鳩を入れて加熱したものだった。そこには、こんな思いがある。
「料理人ならば、料理ができなくてはいけない。『料理ができる』というのは、休みの日に家で、おいしい料理が作れる、ということ。1日15〜16時間も、好きで選んだ料理の仕事をしているにも関わらず、自分の最も大事な人たちに料理を作れないとしたら、意味がないでしょう?」

レストランのオペレーションという面で、予め作りおきすること、低温調理器のような便利な機械を使うことは、効率的だし、安全だ。もちろん、そのメリットは数え切れない。

カルバート氏は、それを知りつつも、あえて、「家で大切な人に料理を作るとしたら、どう作るのか」という観点で料理を作りたいと考えているのだ。家で料理を作るときには、効率性は考えない。できたての瞬間の味を提供するために、早朝5時台に厨房に入るのも、デジタルの数値を見るのではなく、素材の状態を見て判断することも。わずかな差かもしれないが、その差のための手間を惜しまず、自分の考えうる最上のものを食べてもらいたい、という思いがある。それができる職人技とも言える技術や思いを、若いチームに伝えて行きたい、とも。

「メゾン・マルノウチ」、丸の内の家。カルバート氏は「セザン」の隣にあるカジュアルビストロをそう名付けた。「セザン」も、祖父母が家を持っていたため、子ども時代に家族で毎夏を過ごした、フランス・シャンパーニュ地方の地名であるように、ここフォーシーズンズホテル丸の内 東京で、どちらにも共通するテーマは「家」だ。「イギリスの片田舎から出てきた自分だけれども、いつか東京が自分の家のようだと感じらえるようになれば」と語るカルバート氏。

「長野県産軍鶏のポシェ」通称、酔っ払い鶏。香港時代に、中国料理の酔っ払い蟹にインスピレーションを受けて生み出した料理

旬と瞬間をとらえた料理を、「家」で大切な人に作るのと同じように心を込めて。カルバート氏の料理の根幹には、そんな思いがある。「今はまだ、日本を理解して行っている段階なので、日本固有の食材は使いすぎないようにしている」というが、勤勉な才能が、これからさらに日本を吸収し、どんな形でオリジナルの料理として生み出していくかが楽しみだ。新しい「家」で、カルバート氏の物語は始まったばかりだ。

「新しい家」でスタートを切ったカルバート氏。ちょうど家でゲストを迎えるように、客席が見渡せる厨房は「いらしてくださった一人一人のために、心を込めて料理をしたい」という気持ちの表れだ。

セザン(SÉZANNE)
住所:東京都千代田区丸の内1-11-1パシフィックセンチュリープレイス丸の内(フォーシーズンズホテル丸の内 東京7階)
電話:03-5222-5810
https://www.sezanne.tokyo/

取材・文・撮影= 仲山今日子  

仲山今日子
ワールド・レストラン・アワーズ審査員。元テレビ山梨、テレビ神奈川ニュースキャスター。シンガポール在住時、国営ラジオ局でDJとして勤務。世界約50ヶ国を訪ね、取材した飲食店や食文化について日本・シンガポール・イタリアなどの新聞・雑誌に執筆中。


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