宮崎県北部、黒潮流れる日向灘を臨む海岸端に位置する門かど川がわ町は、県ブランドの門川金きん鱧はもをはじめ、イワシ、アジなどが多く獲れ、古くから漁業が盛んなことから「さかなのまち」とも形容される。チリメンや開き干しなどの名産品は全国に知られているが、近年は、江戸時代からこの地域で栽培されてきた柑橘「へべす」の産地としても注目されている。
へべすは、門川町と隣町の日向市だけで栽培されている柑橘類で、江戸末期、日向に住む長曽我部平兵衛さんが、山に自生するのを発見し、栽培して広めたことからこの名がついたという。収穫は、ハウス物は6月下旬から、露地物は8月下旬から11月中旬まで。年間わずか100tしか生産されず、現在はほぼ地元でしか流通していない。
へべすは、ユズやカボスの仲間で、酸味が強いことから地元では天然酢として使われる。この地域でしか栽培されておらず、「幻の柑橘」と言われていたが、研究により、抗酸化作用や抗アレルギーなどの機能性に優れていることがわかり、へべすを地域活性に活かそうという試みがスタートした。門川町商工会は、2013年から農業、漁業とともにへべすを使った特産品を開発している。
事業には専門の経営者らが集まり、試作が重ねられた。生の果実を活かしたジュースやジェラートを始め、さまざまな商品が40代の若手を中心に開発されている。そのひとり、熊野農園を営む熊野敏行さんは、へべすに惚れ込み、2012年に東京からIターン就農した。「香りのよさ、ツンとこない酸味、たっぷりの果汁はへべす特有です。健康機能も優れているこの柑橘を、もっと多くの人に知って欲しい」と、調味料選手権で優秀賞の「へべすが香る七味とうがらし」や「へべす塩」などの加工品を独自に開発する。
このへべすを使って付加価値を高めた商品もある。水産加工会社「近藤水産」が手がけた「アジの開きへべす風味」は、さっぱりした味が女性に好評という。「アジの開きを、へべすの果汁に漬けると生臭さが消え、塩気もやわらぎます。マイナスの特性がプラスに変わり、おいしさが増しました」。こう語る専務の近藤雄大さんは、へべす効果で魚好きを増やそうと、販路拡大に汗を流す。
商品の全国展開はこれからだが、健康によく、料理にも合わせやすい「へべす」を使った取り組みが、地域に活気をもたらしている。
へべす農家になることを決めた熊野さんは、2012年に奥様の故郷、門川町に家族で移住。へべすはフラボノイドの一種で、抗がん、抗酸化作用があるナツダイダインはユズの37倍、花粉症などの抗アレルギー作用の強いナリルチンはカボスの6倍も含み、こうした機能性成分も魅力だと語る。
熊野農園
宮崎県東臼杵郡門川町門川尾末7424-4
☎090-8058-5060
www.kumano-nouen.com
収穫したてのへべすを手で絞った「100%生絞りへべすジュース」(右500ml、税込580円)は、冷凍して販売する。へべすの味を再現した「へべすジェラート」(左・カップ90ml、税込300円)は、「目が覚める味」と驚かれるそう。癖になる酸味が地元で好評という。
へべすジェラート
ミツル・プラス
宮崎県東臼杵郡
門川町加草1-20
☎0982-63-1460
100%生絞りへべすジュース
旬鮮蔵
宮崎県東臼杵郡
門川町加草2333
☎0982-68-1101
問い合わせ先:門川町商工会
宮崎県東臼杵郡門川町門川尾末9246-2
☎0982-63-1514
www.miya-shoko.or.jp/kadogawa/
年間平均気温が16℃を超える温暖な気候と豊かな漁場に恵まれ、農産物や水産物が豊富。水産加工品の技術は高く、県内外に出荷する。門川湾(写真)から約6kmの沖合に浮かぶビロウ島は、国の天然記念物カンムリウミスズメ世界最大の繁殖地としても知られている。
アジの開きへべす風味の生産者を訪ねる
門川町では、焼き魚やひものなどの魚料理にへべすは欠かせない。創業100年を数える「近藤水産」が作る「アジの開きへべす風味」は、春と秋の旬に獲れる脂ののった丸アジ(地元では「青アジ」)だけを使う。アジの開きにへべす果汁をほど良く染み込ませるため、2年かけて改良を重ね、アジの重量に対して3〜5%の果汁が最適なバランスだとわかった。現在は他の魚種も検討中だ。
有限会社近藤水産
宮崎県東臼杵郡門川町門川尾末9080
☎0982-63-1551
門川は丸アジが主流で、真アジに比べて味が濃く、干物に適しているという
3代目社長の近藤虎雄さんと専務で4代目の近藤雄大さん。「以前は20軒ほどあった魚の加工業者が8軒にまで減って寂しい。ブームを起こして町を復活させたい」と話す。
へべす風味で魚の旨さが引き立つ
さっぱりとした、あったか蒸し鮨
「かさね」柏田幸二郎さん
柏田幸二郎さんは、門川町の南にある日向市出身。日向発祥のへべすは小さい頃から身近にあったという。「そうめんのつゆに搾ったり、魚にかけたり。よく使っていました」と柏田さん。店のポン酢には必ずへべすを入れ、酢の物や、お造りの醤油に風味づけすることも。「皮が薄く果汁がたっぷりとれる。それに酸味がマイルドなんです。ツンとこなくてちょうどいい」。柏田さんは今や、市からへべす大使に任命され、全国普及に尽力する。「アジの開きへべす風味」は、「へべすの入り方が絶妙ですね。生臭さがなくなって、それでいて酸っぱすぎない。身もやわらかく魚の旨さが引き立つ浸かり具合です」と語る。今回は、温かい蒸し鮨にして饗してくれた。
「アジの開きへべす風味」の蒸し鮨
煮しめたゴボウやレンコンを混ぜた酢飯に、焼いてほぐした「アジの開きへべす風味」をたっぷりと。錦糸卵と根ミツバを添え、さらにへべすを搾る。蒸すことで魚の旨さがご飯に染み込んだ、温かい鮨だ。
アジを混ぜた鮨飯を茶碗に盛り、茶碗ごと蒸すことで、アジの旨さがしっかりご飯に移り温かさも長続き。仕上げにへべすをひと搾りして、さらにさわやかに。
1960年宮崎県生まれ。大阪で修業の後、宮崎「魚山亭」に入店。東京の支店に勤め、99年「かさね」を開業。2012年よりミシュランの星を獲得し続ける。
かさね
Kasane
東京都港区赤坂3-18-10
サンエム赤坂ビル 3F
☎03-3589-0505
●18:00〜23:00
●土日祝休
●おまかせコース13000円〜
●21席
http://kasanetokyoakasaka.com
御門あい=取材、文 有川朋宏=撮影
本記事は雑誌料理王国258号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は258号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。