料理王国100選プロデューサーの中村が、食材探しの現場からレポートする「料理王国100選日記」。今回は、10月15日に信楽で出会った蕎麦と、ローカルガストロノミーについて。
料理王国100選は、熱意ある生産者やメーカーからの公募品など、これまでに累計1,000商品以上を審査してきた品評会ですが、私は地方出張をし、その地域ならではの伝統を生かした食材探しをしています。現在は2026年度に向けた準備とエントリー食材探しに奔走しています。
そんな中、滋賀県の信楽焼の窯元が美味しい十割蕎麦を作っているとの話を聞き、ちょうどイベントがあるとのことで視察と試食を兼ねて行ってきました。
日本六古窯の一つとして名高い信楽の地は、150年もの歴史を誇る窯元「大小屋」を中心に、豊かな食文化と工芸が息づいています。その「大小屋」が2024年4月に約4000坪もの広大な敷地内にオープンした、この土地ならではの体験が楽しめる十割蕎麦の店「東雲」は、地元の素材と伝統の技術を融合させたローカルガストロノミーを体現しています。
11月5日より「東雲」で提供されている特別ディナーは、単なる食事を超えた“地域の物語”を楽しむものです。京都で10年連続ミシュラン一つ星を獲得している「櫻川」とのコラボレーションによって生まれた懐石コース「匠の饗宴」は、地元の旬の素材を厳選し、信楽焼の器で提供されることで、料理そのものがこの土地の文化や風土とリンクします。
コースの始まりは大小屋特製の蕎麦がゆ。体を温め、心をほぐします。続いて登場する十割蕎麦は、信楽の自然環境の中で独自に精製された水を使用し、香り高い風味と滑らかなのど越しが特徴です。
窯元が蕎麦屋を開店した理由の一つに『水の移動』というキーワードがありました。
焼き物は920℃まで水分が残るそうで、その水分の移動や残留度で焼き物の最終的な品質が変化するそうです。蕎麦打ちには「水回し」という水の力で蕎麦をつなぐ工程があり、焼き物も蕎麦も一緒ですが、焼き物より蕎麦は何倍も難しいとのことでした。『焼き物で水を作る』という話もあり、そういえば昔から水瓶は水が傷みにくいとされたり、土鍋で炊くと美味しいご飯ができる、ジョージアではクヴェヴリと呼ばれる土器で発酵させてワインを作るなど食においても関連があります。特に和食は出汁に代表されるように、水の料理と言われます。
十割蕎麦や陶器壺で炊かれた蕎麦がゆは、その焼き物で独自に精製された水(秘密の部分とのこと)を使い、とても美味しくなっていました。一口目は何もつけずにそのまま味わい、次にゲランドの塩や静岡産の生わさびで変化を楽しむことで、素材の純粋な味を感じ取ることができます。
「東雲」の魅力は、料理を彩る信楽焼の器にもあります。器は地元の職人たちが「緋色」や「ビードロ」といった伝統技法を駆使して制作した一品物で、料理とともに視覚的にも楽しめるのが特徴です。料理と器の組み合わせは、地域の文化と美意識を一度に体験できる贅沢なひとときです。
このディナーには、滋賀や福井、京都などの希少な地酒をペアリングすることもでき、さらに大小屋敷地内で収穫されたジュニパーベリーを使った自家製クラフトジンも提供されていて、訪れた人は一味違う地元の風味を楽しむことができます。
この日のイベントには福井の黒龍酒造の八代目、水野直人氏も来場し、ペアリングの魅力を存分に語ってくれました。
信楽の「東雲」での体験は、ただの食事以上のものです。地域の自然、文化、職人の技を五感で感じ取ることで、訪問者はこの土地の物語を深く味わうことができます。信楽焼の器も料理を引き立てる重要な要素であり、これらは大小屋で購入することが可能です。
岡本太郎画伯の「太陽の塔」など、多岐にわたるレリーフも展示してあり、一見の価値ありです。大小屋への訪問は、ローカルガストロノミーがもたらす特別な瞬間を堪能する機会となります。。地域に根ざした食文化と芸術的な陶器が織りなす美食のひとときを、皆様もぜひ体験してみてください。
そして、食を中心にした体験型地域おこしの可能性を発見できました。
十割蕎麦 東雲(大小屋)
滋賀県甲賀市信楽町勅旨 2349
http://www.oogoya.co.jp
text:中村和久(料理王国100選プロデューサー)