Eclipse Foods CEO トーマス・ボウマン氏×BRIANZAグループ創業シェフ・奥野義幸シェフが考える植物性ミルクの可能性


アメリカ・カリフォルニアで創業したエクリプス・フーズは、動物性原料を使用しないプラントベース製品を開発・販売する企業。今回は同社の「植物性ミルク」を使用したデザートを、サスティナビリティに高い関心を寄せる奥野シェフが考案。お二人の対談を通し、これからの食のあり方を考える。

7月某日、100%植物性のミルクを開発しEclipse Foods(エクリプス・フーズ)CEO トーマス・ボウマン氏の来日に合わせ、麻布台ヒルズ内の「DepTH brianza(デプス・ブリアンツァ)」では、創業シェフ・奥野義幸氏とトーマス氏の対談が実現した。トーマス氏は親日家で、今回で19回目の来日。二人は初対面ながら、早速会話が弾んでいた。

今回は、食のサスティナビリティについて意識を向け続けている奥野シェフの活動に注目していたトーマス氏が、シェフへ自社製品での試作品作りをオーダー。同社の植物性ミルクを使い試作していただいた2つのデザートを試食することになっていた。一つは「山椒のアイス」、もう一つは「蕗のとうのグラニテ」だ。

植物性ミルクと日本の食材の相性は

まず「山椒のアイス」を一口食べたトーマス氏。
「クリーミーで、ふわりとした食感ですね。マイクロバブルのような舌触りも素晴らしい。サンショウは大好きです。サンショウとミルクは挑戦的な組み合わせに思えますが、むしろ磁石のように惹きつけ合う力を感じました。新しいテイストやテクスチャーを発見する形で作って頂けて嬉しいです」

そして「蕗のとうのグラニテ」も一口。
「初めて日本の田舎でフキノトウの天ぷらを食べた時の感動を思い出します。世界中で食の均一化が進む中、全く触れたことのない食材に出会うと嬉しい」と笑みを浮かべた。

奥野シェフは「生産者やフードマイレージ(輸送による環境負荷)のことを考え、僕が普段使う食材の9割が日本の食材なんです。もちろんエクストラヴァージンオリーブオイルや乾麺はイタリア産ですけれど。例えば日本のワサビは今、働き手不足で里山が荒れてしまい、市場が縮小しました。ここ20年で生産量が約6割減り、特に若者のワサビ離れが進みました。日本の伝統や味を守る意味でも、こうした食材を積極的に使います」と説明してくれた。

100%植物性ミルクはどのように生まれたか

そもそもトーマス氏が植物性ミルクを開発したきっかけは、まだシェフだった頃、ブラジルで参加したスローフードのカンファレンスで、サステナブルでない食材を扱うことへ抗議を受けたことだったという。ちょうど子どもが産まれた事も重なり、環境に配慮した食材を使うだけではなく、それを生み出し、次世代へ繋ぐプラットフォームの開発を目指した。また、自身が乳糖不耐症という、乳に含まれる乳糖を消化・吸収できない体質になったことも、開発を促進した。

アメリカでは人口の52%が乳製品に対して敏感な体質とのデータもあるそうだが、「気づかずに習慣で飲んで体調がすぐれない人も算入すれば、6~7割ではないか」とトーマス氏は推測する。そうした人や子供達に、植物性ミルクを“NEW(ニュー)乳(ニュウ)”として届けたいのだと、続ける。

従来の乳製品の代替品であるアーモンドミルクやオーツミルク、豆乳は原料そのものの味が目立つこと、また単一原料に依存するといった弱点があった。それらを見事に克服したのが、エクリプス・フーズの国際特許技術なのである。

乳製品にはカゼインプロテインとホエイプロテインというタンパク質が含まれるが、トーマス氏のチームはこれに似た成分をタンパク質を多く含む植物から引き出し、それらの成分が互いに上手く結合するように機能させた。結果、本来乳製品がもつタンパク質と同等の機能性や栄養素を担保することに成功している。

開発にあたっては、AirbnbやDropboxを輩出し“スタートアップ企業の登竜門”と呼ばれる「Yコンビネーター」の“ハーバード大学に受かるよりも難しい”といわれる狭き門を勝ち抜き、見事、投資を勝ち取った。ラボで試行錯誤していくなかで菜種からタンパク質を安定供給できることを発見、わずか11日間で最初のプロトタイプである植物性サワークリームができ、数カ月後にはチーズやヨーグルトなども完成した。

早速、レストランやフードチェーンに「植物性のチーズができた」と営業に行くと、「アイスクリームを作ってほしい」との声が多く、トーマス氏は非乳製品のアイスに需要を見出した。早速、アイスクリームもリリース。アメリカ国内では既に、エクリプス・フーズのアイスクリームやソフトクリーム、一口サイズのボンボンがスーパーや大学で販売されており、今年からBtoB向けにエクリプス・ミルクの販売も開始された。

ガストロノミックなレストランにおける植物性ミルクの可能性

奥野シェフは植物性ミルクの味を「豆乳より自然な甘味があるような風味で、湯葉や豆腐に慣れ親しんだ日本人にこそ向いている」と表現。「うちにはグルテンフリーのゲストもよくいらっしゃるので、オプションとしてぜひ置きたいと思いました。お客様の望みにシェフとして“ノー”は絶対に言いたくないですから。今回使ってみて、ふだん、僕が豆乳を使う時と何ら変わりはなく、とても扱いやすいと感じました。これまでオーソドックスなイタリアンやフレンチの形にこだわってきたレストランでも、ゲストの選択肢を考慮すればぜひ、使うべきではないかと感じます」と続けた。話は、マーケティング戦略についても及んだ。
「カリフォルニア発祥というブランド力や医師による栄養面の機能面の推薦文、生産者の顔や言葉など、ストーリー性は絶対に必要です。こうした商品の存在を知り、“品質がいい”とわかってくれば、日本のシェフやバリスタの皆さん利用するはずです。BtoB や BtoC 向きだと思います」と太鼓判を押す。

食のサステナビリティのためにできること

トーマス氏も奥野シェフも、食の持続性や地産地消という考え方が合致しているが、具体的にどのような未来を見ているのだろう。トーマス氏に、今後の展開についてお聞きした。

「現在もソラマメやキャノーラ油の搾りかすなど、数百種の植物の成分を研究しているところです。しかし、エクリプスの製品一つだけで世の中に大きなインパクトを起こすのは難しい。スタートアップ企業としての我々のテクノロジーを上手く活かしながら、より大きな企業・パートナーと組んで、状況の改善に取り組む必要があります。今はミルクとして売っていますが、実は脱脂粉乳のように粉にする技術も持っているんです。これを大手メーカーへ原料としてお渡しすることで、既存の乳製品工場で植物性アイスや乳製品を作っていただける。共に歩むパートナーを探しています」

「また、世界中どこの植物でも展開できるロールモデルを作りたい。極端なことをいえば、緑の植物なら何でもタンパク質が引き出せるので、原料価格が高騰する心配が無いのです。植物性ミルクは、かつて鯨油が石油に取って代わられた様な大転換だとも考えています。味、価格、使い易さをもっと日常レベルまで改善し、手軽に手に取れるものが健康や環境に良いものであってほしい。世の中に大きなうねりを起したいのです」とトーマス氏。

奥野シェフも賛同し、「トーマスさんが言ったように、日常の食の質の底上げこそがサステナブルですよね。回転寿司でも国産本ワサビが使われるべきなんです。そのほうがワサビ農家も活気が出ますから。僕は、シェフとして何が出来るか? といつも考えています。たとえば農家の格好よさを伝える動画を作り、就農を応援することとか。そしてまさに今回の企画のように、新しいプロダクトと地産食材を一緒に使うことが産地の宣伝になり、持続性に繋がると考えています」

エクリプスの植物性ミルクのパッケージには、葛飾北斎の富嶽百景からインスピレーションを得たという波の絵が描かれている。そこには、人と時代の“変化の波”でありたい—-そんな願いが込められているように思えた。

奥野義幸 (おくの よしゆき)
東京・大阪にイタリアンレストランを展開する「ブリアンツァグループ」創業シェフ。米国の大学を卒業後、会社員を経て都内イタリア料理店で修行、28歳で渡伊。ピエモンテ州など8州の星付きレストランで研鑽を積む。食品プロデュースや料理講師など活躍は幅広い。

Thomas Bowman(トーマス ボウマン)
世界を股にかけ、数々のミシュラン星付きレストランでのシェフ経験をもつ。「Zagat30 Under30」を受賞。サステナブルで地球に優しい「新しい食のムーブメント」を次世代に繋げたいと、2019年にエクリプス・フーズを創業。

今回ご紹介したメニューをブリアンツァグループ2店舗で提供

奥野シェフによる植物性ミルクを活用した特別メニューが「DepTH brianza 麻布台ヒルズ」(写真左)と「La Brianza 六本木ヒルズ」(写真右)にて2025年9月1日(月)~9月30日(火)の1カ月期間限定で提供される。「蕗のとうのグラニテ」はコース料理にて、肉料理の前の口直しとして提供予定。「山椒のアイス」は、コースデザートの内容の一部として提供予定。地元食材にこだわりを持つ奥野シェフが選んだプロダクトと、全く新しいプラントベースミルクが織りなす新感覚の味わいは、残暑に活力を与えてくれる一品。料理で使いたいシェフの皆様や一足先に植物性ミルクを試したい方、ぜひ足を運んでいただきたい。

エクリプス・フーズ・ジャパン株式会社
https://eclipsefoods.co.jp/

text: Seoto Hosoguchi, photo: Hiroyuki Takeda

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