人と同じことはしない。カタルーニャのガストロノミーを支える日本人農家・二見英典さん【後編】


野菜料理に舌鼓を打つ客の笑顔に背中を押され、スペインバルの店主が農家への転身を決めたのは2014年のこと。その後、千葉の農家・浅野悦男さんに学び、翌年、日本からスペインのジローナ県に渡った。以来、飲食店向けに野菜を作るようになって10年。地元とバルセロナのレストランを中心に、現在約40軒の飲食店と取引しているが、他にも多くのシェフからのオファーが相次いでいる。後編の今回は、取引先のレストランを訪ね、二見さんが作る野菜の魅力と、師匠・浅野さんから授かった農業哲学を紹介する。

生産者をリスペクトしたい

パルス村の旧市街、二見さんの自宅にほど近いレストラン「ViCUS」は、2024年にミシュランガイドのビブグルマンを獲得した注目の店だ。地元産の米や野菜、魚介類を使い、カタルーニャ地方の食文化を尊重しつつ現代的アプローチを加えた料理が評価されている。

「Bomba」という品種の地元産米を使ったViCUSの名物料理

二見さんが就農してまもなくの頃から野菜を仕入れているシェフのダミア・ラフェカス・マルティネスさん(表紙写真左)は、「ヒデノリの作る野菜は全部知っているよ」とほほ笑む。健康志向の高まりに加え、畜産が大量のCO2を排出することが問題視されていることなどから、野菜料理の注目度が上がっているとマルティネスシェフは感じている。
「20年前は、野菜が料理の主役になるなんて考えられなかった。メインは肉や魚で、今よりもっとこってりしていたね」

野菜の調理で心がけているのは、「あまり触らない」ことだという。
「たとえばヒデノリのカボチャは、基本的にオーブンで焼くだけ。それにオイルをかけるくらいで十分だね。野菜をそのままの形で使えるように、ミニサイズのカブやニンジン、ジャガイモなどを彼から仕入れることもあります」

天然鯛のローストには、二見さんのニンジンやカブなどたっぷりの野菜が添えられていた

野菜に手を加えすぎないようにしているのには、もう一つ理由がある。
「生産者をリスペクトしているからです。彼らは多くの時間を費やして少しでもいいものを作ろうと努力している。自分の野菜をこういうふうに使ってほしい、という思いも感じます。ぼくは、ヒデノリの野菜が好きだから使っている。その良さを引き出すためには、なるべくシンプルに調理するのがいいと思う」

二見さんの畑のミニニンジン。ViCUSでは丸ごと調理し、その滋味を引き出す

日本料理の影響で、魚の食べ方が変わった

二見さんが取引するレストランは約40軒。バルセロナの中心街にあるレストラン「Somodó ba」も、そのうちの一軒だ。シェフの鈴木俊宏さんは日本で寿司職人として修業したのち、20代半ばでスペインに渡って約20年になる。店はカウンターのみの6席。料理6皿+デザートというテイスティングメニューが基本だ。

常連客から「Toshi」の愛称で呼ばれる鈴木さん。オープンキッチンで、すべての料理を一人で作って出す

「Somodó ba」はモダンスパニッシュに分類されることが多いが、鈴木シェフ自身は「あまりジャンルにはこだわらない」と言う。日本の食材はもちろんのこと、フレンチの根セロリのピュレをイベリコ豚と合わせたり、イタリアの調味料グレモナサを羊肉に添えたりと、鈴木さんの料理には多国籍の要素がさりげなく取り入れられている。
「スペイン料理自体が、昔とは大きく変わってきています。フェラン・アドリアが革命的な変化をもたらしたのはもちろんですが、最近は日本や韓国をはじめとするアジア、それからペルーやメキシコなど南米の料理の影響も強く受けていますね。魚の食べ方も変わりました。これは日本料理の店が増えたからでしょう。20年前は、生の魚を出すと『火を通してほしい』と言われることが多かった。でもいまは、そんなことを言う人は一人もいません」

半生に仕上げた天然サーモンに、味噌で味付けした大根を添えて。トッピングは二見さんのミツバ

二見さんは「味のある野菜を作ってくれる」と、鈴木シェフは太鼓判を押す。
「たとえばニンジンは、小さくてもちゃんとニンジンの味がする。今日もラムの付け合わせ用にオーブンで結構ガチガチに焼きましたが、それでもおいしいですね。野菜のサイズは一つではないし、花も売ってくれるから、料理人の選択肢が増えるんです。明日も、カボチャとニンジンの花が届きます。彼の野菜を欲しがっているシェフは、まだまだたくさんいます。『紹介してくれないか』とよく言われるんですよ」

ローストラムとレンズ豆、二見さんのニンジンとからし菜。羊肉で出汁をとったソースに、グレモナサが隠し味的に効く

ニーズにあわせるのではなく、自分でニーズを作る

平日の午前中、交通量の多いバルセロナの幹線道路沿いに駐車するのは至難の業だ。配達車両用のスペースに空きを見つけるや、二見さんは迷わずハンドルを切り、狭いスペースにねじ込むようにワゴン車を停める。「最初の頃はなかなかたいへんでしたけど、だいぶ慣れました(笑)」

この日は「Somodó ba」のほか、ミシュラン二つ星の「Cinc Sentits」、一つ星の「Alkimia」「Teatro kitchen & bar」など10数軒のレストランに納品。一店あたりの滞在時間は数分だが、注文品と一緒に、これからの季節に売り出す商品や、試作を重ねて商品化した野菜のサンプルを渡し、次なるオーダーにつなげていく。サンプル品もパックや袋に整然と梱包され、一瞥しただけで、その品質の確かさが伝わってくる。短い時間のなかでも、二見さんは自分がどんな農家であり、何を作れるのかを伝える努力をしている。
「サンプルを渡すのは、完全に師匠の浅野さんの真似です」と二見さんは笑う。「浅野さん」とは、千葉県八街市で60年以上営農する浅野悦男さんのことだ。日本国内のフレンチやイタリアンの店のほとんどが食材の調達を輸入業者に頼っていた1990年代からヨーロッパ野菜を栽培し、飲食店向けに直売を始めた農家の先駆け的存在だ。

カウンターに商品を並べて注文を確認し、伝票にサインをもらう

浅野さんとの出会いは、東京農業大学を卒業後、奈実さんとともに兵庫県内でスペインバルを経営していたときだった。当時から、二見さんは店で出す野菜を自家菜園で作っていたという。野菜が品薄になると、まだ大きくなっていない野菜も収穫して使うことがあったが、そこに発見があった。
「小さい野菜は柔らかいから、通常は火を通すところを生でも食べられたりする。面白いからいろんな野菜でそれを試してみたり、野菜の花も料理に使ってみたりと、さまざまな工夫をするようになりました。すると、『これおいしい!』『こんなん、生で食べれるんですか?』と、お客さんが反応してくれて。そんな声を聞くうち、農家になりたいと思い始めたんです。しかもそれを、スペインでやったら面白いんじゃないかと」

2014年、30歳を目前にしてバルを閉店し、渡航の準備をしている最中にネットで浅野さんのことを知った。自分がスペインでやろうとしていることのヒントがある気がして、すぐに記事を頼りに浅野さんに会いに行き、研修を申し込んだ。

レストラン向け直売農家のパイオニアである浅野悦男さん。海外からも数多くの著名なシェフが畑を訪れている

植物が芽を出し、枝葉を伸ばし、花を咲かせ、結実し、種を作るまでの間に、浅野さんは何種類もの商品を生み出し、名だたる有名店と取引をする。その商品がどんな料理に向いているか、みずから調理して試したのち、シェフに提案するのだ。

そこで二見さんが学んだのは、「ニーズにあわせるのではなく、自分でニーズを作る」ということだった。現時点では価値がゼロでも、必ず需要があると信じたものは、手間と時間を惜しまず商品化に取り組む。そんな浅野さんの農業に、二見さんは衝撃を受けたという。
「農業の技術や理論を習ったわけじゃないんです。ただ浅野さんの後にずっとくっついて、彼が日々何を見て、どう考えるのかを感じ取っていました。自分が考えていたことの何十倍もの発想を持っていて、ものすごく柔軟な人です。浅野さんのところに行かなかったら、いまの自分はないですね」

「なるようにしかならない」と腹を決めた

翌年、夫婦でパルスに移住した二見さんは、10aという小さな農地で栽培を始めた。気候も文化も土も異なる地で、最初は失敗ばかりだった。自身の甘さを思い知ったという。
「種をまけば、案外うまく育つんじゃないかと思っていました。たしかに野菜の“形”だけはそれなりにできるんですよ。でも、食べてみると皮が固かったり、食感が悪かったりで、とても売り物にはならない。ラッキーなんてないんです」

夏の日照りと暑さは過酷だ。冬と春は「トラモンタナ」と呼ばれる時速50km以上の強風が何日も続き、作物をなぎ倒してしまう。定植したばかりの野菜の苗をすべてイノシシに掘り返されることもある。5年ほど前には集中豪雨に見舞われ、畑が冠水して大きなダメージを負った。そのとき折れかけた心を救ってくれたのは、浅野さんの言葉だった。
「なるようにしかならない。抵抗したり、足掻いたりしたところで自然に勝てるわけないんだから。勝とうと思ってること自体が間違いだね」

この言葉が、すとんと腹に落ちた。その直後、新型コロナウィルスが世界中に蔓延。なすすべもなかったが、「なるようにしかならない」と腹を決めると、次第に心が落ち着いてきたという。

畑を案内してくれた二見さん。作物の状態や、商品化についての考え方などを話してくれた

地道で真摯な営農によって取引先や地域の信頼を得た二見さんは、現在1.3haまで耕作面積を広げている。有名レストランや意欲的な若いシェフから新しいオファーが相次いでいるが、当面は手を広げず、いまの規模で農業を楽しみたいと語った。
「個人でやる以上、あえて手間暇のかかることをやって差別化する。それが自分の生きる道なんでしょうね。しんどいけれど楽しい農業。自分が思ったことを、全部自分でやれるんですから。収穫はもちろんですが、ぼくは種まきも楽しいんです。今年はこれをどうやって育てようか、どの状態で出荷しようか、と考えるのがね。1歩進んで2歩下がることもある試行錯誤の連続ですが、いまはもう少し、個人でできることを追求していきたいと思います」

二見さんの農場「EBIOFARM」のインスタグラム
https://www.instagram.com/ebio_farm/

Text & Photo:成見智子

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