岩坪:イタリア料理は郷土料理といわれますが、イタリアにイタリア料理というものはなく、郷土料理の集合体を我々日本人がイタリア料理と総称しているわけですよね。なので、イタリア料理の本質は「郷土料理とは何かを考えること」で見えてくると思っています。イタリアでは、教会の鐘が聞こえる範囲の中で生活をし、そのコミュニティ内でお互いを思いやる精神を「カンパニリズモ」と呼びます。つまり、生活圏内で手に入る食材を使ってシンプルに調理し、ありったけの愛情を込めて作った料理が、イタリアの郷土料理だと僕は思います。 もちろん、時代ごとに手に入る素材は変化していきます。昔はトマトもジャガイモもイタリアには存在しませんでしたしね。だからトマトが入る前の時代の料理も含めてイタリアの郷土料理として捉えないと、おかしなことになってしまうと思います。
後藤:イタリア料理の本質とは何かを考えたとき、岩坪さんがおっしゃったカンパニリズモという言葉が僕の頭の中にも浮かびました。郷土料理って、作ろうと思って作ったものではなくて、各土地の風土や文化が組み合わさって必然的にできた料理の集合体ですからね。そこに本質があると思います。
川上:僕は生きるための知恵の結晶がイタリアの本質だと感じています。クチーナポーヴェラ(庶民料理)とクチーナリッカ(貴族料理)があるように、貧しい人は1日を生きることに精一杯で、手元にある限られた食材を使い、火口ひとつでいかにおいしく作れるかを考えたんだと想像します。そこに長く生き続けていくための手法があったはずで。
佐藤:イタリアの郷土料理は、フライパンひとつで完成できるものなんですよね。だからこそ風土を活かした調理法が伝承され、うま味の出し方や食材の使い方にもアイディアが生まれたんだと思います。
岡野:イタリアでお世話になったシェフから「イタリア料理とは何かと質問されて、技術とか組み合わせを答えているうちは甘い」と言われたことがあります。じゃあ何かといえば「アモーレ」なんですよね。 僕も人を思う気持ちや食材を思う気持ちこそがイタリア料理の本質だと思って、日々厨房に立っています。
矢島:食材に愛情があるからこそ、素材ごとの美点をどうやって引き出そうか考えることができるんでしょうね。あと僕は、イタリア人は見えないところのかっこよさに気付く民族なんだなってことを、現地で修業している時期に感じました。パンツにも靴下にもアイロンをかけるし、家の見た目には無頓着なのに部屋の中はすごくこだわって装飾していたり……。料理も同じですね。見た目がシンプルで飾らないお皿でも、その料理の背景にあるものや作り手の精神性を感じることができるのがイタリアの料理だと思います。シェフそれぞれの考え方があって、トマトソースひとつとっても個性の違いがあるのも面白いところですね。
後藤:みなさんはどのようなメイン料理を出していますか?これぞイタリア料理というような、お客さんが理解しやすいメニューを出していますか?
佐藤:ちょっと聞いてみたかったのですが、リストランテだとポーション的な制約を受けることはあるけれど、提供するメニューに関しては特に制約を設けたりはしていませんね。イタリアの郷土料理に自分のエッセンスを加えたり。ただし、創作的なアプローチをすると「これがイタリア料理なの?」という反応があるという話はよく耳にします。フランス料理なら創作的なアプローチをしても、そんなこと言う人はいないのに(苦笑)。
岩坪:僕は自分が思うイタリア料理の本質から外れていなければいいと思っています。例えば蝦夷鹿のローストに、キハダの実(シケレベ)を使ったソースを添えたりします。それはアイヌ民族の文化とイタリアの郷土料理をリンクさせた発想。郷土料理の精神性を大事に、リストランテで提供する料理に昇華するという感じでしょうか。
矢島:僕も郷土料理に当て込もうという意識はありませんね。シェフそれぞれの考え方や解釈があるものだと思います。
岡野:うちのシェフはフランスで勉強してきた経験があるので、フランス料理の技術が入ったメインも多いですね。少し話は逸れるかもしれませんが、最近、メインとパスタの提供する順番を替えてみた んです。メインを前にしてパスタを最後にしたほうが、お客さんはイタリアを満喫してくれるんじゃないかと思って。
川上:パスタの印象で終わるということですね。
岡野:はい。うちはパスタを2品出したいので、 軽めのパスタ、メインの肉料理、締めのパスタという構成にしたら、パスタでお腹いっぱいになってメインの肉料理を残してしまうという方が減りましたね。
佐藤:確かに締めでパスタを出す店は増えてきていますね。
後藤:日本人にとってイタリア料理とは、すごく身近な存在だと思うんです。イノベーティブな料理や創作的なアプローチで評価されているレストランがミシュランの星を獲得していますが、僕の料理はそのフィールドで戦うべきものじゃないと思っていて。以前はミシュランの星が欲しいという気持ちもありましたし、フランス料理にジェラシーを感じることもありました。でも最近は、イタリアを感じたいというお客様に対して全力で応えてあげられる料理を作ることが、自分のスタンスだと思えるようになって。そうしたら、すごく気持ちが楽になりましたね。
岡野:フランス料理にジェラシーを感じることがあったという後藤シェフの気持ちは、痛いほどよくわかります。何がイタリア本国と違うかと言えば、イタリアにはフランス料理がほとんどないんですよね。日本に帰ってきたら、歴史の長いフランス料理があって、浸透率でいうとまだまだイタリア料理のほうが低いわけですよ。その中で、いわゆる「イタリア料理はマンマの味」という考え方が浸透していて、リストランテを理解している人が少ないように感じます。
矢島:日本では90年代にイタリア料理ブームがあって、スターシェフが何人もいました。以降、スターシェフが現れていないせいか、専門学校でもイタリア料理を専攻する生徒さんが減っているそうです。最近イタリア料理は元気がないと言う方もいますが、やはりリストランテが復活しないと元気を取り戻すことはできないと思うんです。リストランテはハレの日に来てもらいたい場所。フランス料理のグランメゾンとは違うサービスがあって、リストランテならではの魅力があるということを、もっと広く伝えていく必要があると思います。
後半に続く。
text 馬渕信彦 photo 堀清英
本記事は雑誌料理王国2019年11月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2019年11月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。