食の未来が見えるウェブマガジン「料理王国」

トップシェフ42人に聞く!オリジナリティとは何かVOl.3


ペレグリーノ
高橋隼人さん

やりたいことだけをやるのは
オリジナリティではない

自分が信じたことを、それが廃れても、たとえみんなが知っていることでも、続けることがオリジナリティに繋がるんじゃないでしょうか。もうひとつは、お客さまからダメ出しや指摘を受けることがあっても「これは、何々だからしょうがない」と思わないこと。たとえ、それは違うと思っても、言われたことに対して誠実に。そういう風に捉えるお客さまがいらっしゃるということは、自分のやり方に隙があるということだから。色々な方からの意見を取り込んで、どの人からも何も言われないようにしていくことを心がけています。オリジナリティとは、自分のやりたいことを突き進めるだけではありません。「そうじゃない」と言われたことに対して、それを網羅できるように、太い幹から細い枝に枝分かれして、強化して、太い幹を守るということ。太い幹は、自分が最初にこうする、と決めたスローガン。 太い幹が出る杭で、出る杭は打たれるとしたら、細い幹が戦ってくれる。その結果、太い幹がオリジナリティになると思っています。

Profile
1978年、新潟県生まれ。国内のイタリア料理店で修業を積み、渡伊。 帰国後、2009年に「ペレグリーノ」で独立。15年に現在地の恵比寿に移転。週4日、客席6席という独自の営業スタイルを続ける。

ジャン・ジョルジュ東京
米澤文雄さん(左)

カジュアル=もっといい
世界を知るからこそできること

「シェフズギャザリング」では、 僕が個人で経営している「ザ・グッド・バイブス」のバーベキュー・ポークリブを持ち込んだり、「御料理 宮坂」の宮坂展央さん(写真右)のカラスミに合わせたグラタンを作ったりと、楽しませてもらいました。最近、楽しい食卓っていいな、と思っています。ニューヨークには、星付きシェフが出す、カジュアルでおいしいお店がたくさんあるんです。カジュアルだけど、食材やサービス、空間作りにこだわっている。「カジュアル=安い」とは違う「カジュアル=もっといい」という新しい価値観を生み出せないか、と考えています。高級店で働いた経験を活かし、最高級を体験させていただけた料理人だからこそできること、それが僕のオリジナリティじゃないかと思います。大儲けなんてしなくていい。店も人もサステナブルであればいいな、と思っています。

Profile
1980年、東京都出身。都内のイタリア料理店で働いた後、渡米。22歳で「ジャン・ジョルジュ」へ。日本人初の副料理長に就任する。帰国後、「ケンゾーエステイトワイナリー」などを経て、2014年「ジャン・ジョルジュ東京」のシェフに就任。

よろにく
桑原 Vanne 秀幸さん

映画や音楽、舞台のように、
料理も分業制にして知恵を出し合う

僕は、いっさい包丁を握らないので、料理業界から見ると、だいぶ変わっていると思う。シェフは、映画や音楽、舞台で言えば、脚本を書いて、演技も自分でしているような、圧倒的な存在ですよね。それはとても素晴らしいことで、シェフにしかできないことだと思う。 僕がやっているのは、そこまでじゃなくて、分業していろんな知恵を出し合ったものの中からオリジナリティが生まれる、と思っている。たとえば、料理の感動ゾーンは、90%だったとします。そこを目指すシェフが80~85%のところまできた時に、僕が食べ歩きの中から得た知恵を貸すことで感動ゾーンに持っていくことができる。たとえば、僕はもともとDJだったんですが、DJは楽器が弾けなくても、曲だけはものすごく知っていて、ミュージシャンに、「もうちょっとあの曲のフレージングとかあるよ」って知恵を貸すようなことがあります。それと同じように、僕はシェフの力を最大限に発揮させることができたらと思う。野村(克也)監督の「野村再生工場」的なところもあるかもしれません。それと、食べる人を楽しませるのも大切。DJもそうなんですけど、レア盤ばっかり集めて、結局お客さんが喜んでないっていうパターン。それは、若い料理人に多い気もする。そういう意味でも、分業制にして、永遠にトライ&エラーを繰り返しながらやっていくのがいいんじゃないかな。

Profile
1969年、熊本県生まれ。20歳を過ぎてDJとして活躍し、27歳で青山にクラブ「fai」をオープン。元来の“焼肉オタク”で、2007年に青山に「よろにく」を開業。コース仕立ての焼肉で、業界に衝撃を与えた。

ソラ
吉武広樹さん

好きなことがクリエイションを生む
好奇心を刺激する環境に身を置き続ける

これまで、好奇心に正直に生きてきました。「アストランス」(パリの三ツ星)で働いているときに、シンガポールに行きたいのでと言って店を辞めたんです。「フランス料理にアジアは関係ない」という意見もありましたが、自分の中の好奇心に従った。やりたい、見たい、経験したい。それにシンプルに生きたいんです。好奇心があるから時間も労力もおしまない。ただただ好きなことって、いくらでも没頭できるんです。自分が好きだからやりたい、という毎日の方が、確実に充実しているし、良いものも生まれる。没頭できるような環境に、自分を変えていくようにしています。次のステージに福岡を選んだのも、楽しいことをやりたいから。具体的には、ひとつのレストランの中に、①5000円以下②5000円から1万円③1万円以上の価格帯で楽しむ人がいる、そんな場所を作りたいんです。僕らの技術は、多様な人に対応できる能力があると思っています。価格帯以外にも年齢や性別、住む場所を問わず、おいしいものを届けられる。それを可能にするためには100坪の物件が必要で、それは東京では無理でした。 家賃のためにスタッフを働かせることはしたくない。僕たちはクリエイターですから、良い環境でないと良いものは生まれない。世の中を良くするためにいろんな提案をしていける場所が、福岡だったんです。

Profile
1980年、佐賀県生まれ。国内のフランス料理店で修業後、渡仏。パリの三ツ星「アストランス」で腕を磨いた後、2010年に共同経営者 とともに「ソラ」で独立。「ミシュラン・ガイド」一ツ星も獲得。現在は、福岡で新店舗の準備中。

マルゴット・エ・バッチャーレ
加山賢太さん

「おいしさ」のために香りや温度を大切に
食べたときに感動してもらいたい

僕は料理を通じて、お客さまに感動していただきたい。そしてその感動は、「おいしい」から生まれるものであってほしいと思っています。そのために僕は、香りや温度をとくに気にかけています。素材の香りを引き出し、温かい料理は、しっかり温かくお出しする。一方で、料理の盛り付けでも考えていることがあります。それは「あまり綺麗になりすぎない」こと。僕は「おいしさ」でお客様を感動させたい。だから、見た目はあまり凝りすぎないように。そして、食べた瞬間に「おいしい」と感じて、心が動くようになればいい。お客さまにとっての「感動の瞬間」は、「おいしい」と感じたときであってほしいと思っています。

Profile
1984年、広島市生まれ。「モナリザ」「ラトリエ・ドゥ・ジョエル・ロブション」「リューズ」「カンテサンス」などの仏料理店の他、日本料理「元麻布・かんだ」でも修業。2014年「マルゴット・エ・バッチャーレ」のシェフに。

text 江六前一郎 photo Yuta Fukitsuka, Kiyoshi Hamada, Yasuyuki Higuchi, Yohei Murakami

本記事は雑誌料理王国2018年7月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2018年7月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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