2025年12月、「イタリア料理」がユネスコの無形文化遺産に登録された。
それはパスタやピッツァといった個々の料理が評価されたのではない。評価されたのは、土地の食材を生かし、家庭や地域社会の中で受け継がれてきた食文化そのものである。
イタリア料理とは、実は単一の料理体系ではない。北から南まで細長く伸びる半島には多様な気候と農業があり、それぞれの土地に固有の料理が存在する。北部ではバターや米が使われ、中央では小麦のパスタ文化が発達し、南ではトマトやオリーブオイルが料理の中心となる。つまりイタリア料理とは、地方料理の集合体として成立する文化なのである。
その豊かな多様性を初めて一つの料理文化として整理した人物がいる。19世紀の食文化研究家、ペッレグリーノ・アルトゥージその人だ。

アルトゥージは料理人ではなく、文学と食文化を愛する知識人だった。1891年、彼は一冊の料理書『La scienza in cucina e l’arte di mangiar bene』を出版する。
この本は、それまで各地に散在していた地方料理を収集し、再現可能なレシピとして整理したものだった。イタリア統一からまだ間もない、「イタリア料理」という概念どころか共通の「イタリア語」さえ存在していなかった時代に、この料理書は各地の料理を一つの文化として示した。同じ食材や調理法でも地域ごとに異なる呼ばれ方をしていた料理を今日の標準イタリア語の基礎となるトスカーナ方言でまとめたことで、料理人たちは言語と地域の壁を飛び越えてレシピを共有できるようになり、ここに「イタリア料理」の基礎が誕生する。アルトゥージがしばしば「イタリア料理の父」と呼ばれるのもこのためだ。
2020年、アルトゥージ生誕200周年を記念して、この書物は初めて日本語に翻訳され『イタリア料理大全 厨房の学とよい食の術』(平凡社)として出版された。日本の料理人もまたイタリア料理の源流に直接触れることができるようになった。

アルトゥージの故郷フォルリンポポリには、現在カーザ・アルトゥージという食文化センターがある。ここでは家庭料理の研究や料理教育が行われ、イタリアの食文化を継承する拠点となっている。さらにこの財団は、イタリア料理のユネスコ無形文化遺産登録プロジェクトにも関わり、アルトゥージが19世紀に整理した料理文化は、21世紀においても文化遺産として位置づけられることになった。
その料理文化を現代のガストロノミーの最前線で更新している料理人がいる。モデナのレストラン、オステリア・フランチェスカーナを率いるシェフ、マッシモ・ボットゥーラである。

革新的なガストロノミーとして語られがちなボットゥーラの料理ではあるが、しかしその本質は、イタリア料理の伝統と本質を理解し、それを批判的、批評的に見ることで現代の料理へと更新するところにある。つまり、批判的であることで伝統を排したと見られがちであるが、実はどこまでも伝統に立脚しているのが彼の料理だ。
例えば彼は「フランス料理と中国料理はソースの料理、それに対してイタリア料理と日本料理は素材の料理だ」というが、彼の代表作の一つ「Five Ages of Parmigiano Reggiano」は、その思想を象徴する料理と言える。エミリア・ロマーニャを代表するチーズ、パルミジャーノ・レッジャーノと時間だけが材料と語られるように、5つの異なる熟成期間のパルミジャーノ・レッジャーノにビスケットやクリーム、泡といった具合にそれぞれの個性に合わせた形に調理を施し、一皿にまとめあげた料理で、一つの食材の可能性そのものを主題としている。
なお、ボットゥーラが監修する「グッチ オステリア ダ マッシモ ボットゥーラ トウキョウ」では「イタリア料理」のユネスコ無形文化遺産登録を記念し、伝統的なイタリア料理に改めてフォーカスしたコース“Welcome to Italy”が26年3月から始まった。プリモ・ピアットでは24ヶ月熟成のパルミジャーノ・レッジャーノを使った「Tortellini Parmigiano Reggiano Cream」が採用されている。

2025年9月、大阪で開催されたポップアップで提供された料理も、イノベーティブでもフュージョンでもない、紛うことなき「イタリア料理」だった。
「The Crunchy Part of the Lasagna(ラザニアの端っこのカリカリ部分)」は祖母が作るラザニアのよく焼けた部分を兄弟たちに先んじてつまみ食いしていた思い出に由来する料理であるが、これはマンマ(母)、ノンナ(祖母)によるイタリアの家庭料理を象徴する一皿と言える。
また鮮やかな色彩のドリッピングが印象的な「Beautiful, Psychedelic, Spin – painted Wagyu with Glorious Colors as a Painting(ビューティフル・サイケデリック 黒毛和牛、絵画のように鮮やかな彩りで)」についても、ボットゥーラはそれをソースではなくcontorno(コントルノ)、つまり付け合わせと呼んでいた。これもビーツやホウレンソウといった一つ一つの素材を楽しむ「イタリア料理」の表現だといえる。


アルトゥージとボットゥーラ。この二人には共通点がある。どちらも北イタリアのエミリア・ロマーニャ州にルーツを持つことだ。この地域はしばしば「イタリアの食の心臓部」と呼ばれるが、理由は単純で、ここにはイタリアを象徴する食材が、驚くほど密集しているのだ。
例えば約1000年前から作られ続けているハードチーズ、パルミジャーノ・レッジャーノ。長い熟成によって生まれる生ハム、プロシュット・ディ・パルマ。そして何世代にもわたり木樽で熟成されるバルサミコ酢。
これらは単なる特産品ではない。農業、畜産、職人技術、そして長い時間が結びついて生まれる文化的産物である。



この地域では、食材の文化と家庭料理の文化が同時に成熟している。その土壌があったからこそ、アルトゥージは地方料理を観察し整理することができた。そして同じ土地から、マッシモ・ボットゥーラのような料理人が現れたのも決して偶然ではない。
イタリア料理とは、単なるレシピの集合ではない。土地の農業、家庭の記憶、職人の技術、そして料理人の創造性が重なり合うことで形成される文化である。
19世紀、アルトゥージは各地の家庭料理を集め、一冊の本としてまとめることでイタリア料理の輪郭を描いた。21世紀、ボットゥーラはその伝統を理解したうえで、現代のガストロノミーとして更新している。過去を整理したアルトゥージ。未来を示すボットゥーラ。そしてその両方を生み出した土地こそが、エミリア・ロマーニャなのである。
text: 小林乙彦(料理王国)
